より大きな間接的経済効果
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小島末夫教授 1946年生まれ。早稲田大学第一商学部卒。1969年、日本貿易振興会(ジェトロ)入会。2002年から国士舘大学21世紀アジア学部教授、2006年から、同大学院グローバルアジア研究科教授兼任。 | ――上海万博の経済効果はどのくらいあったのでしょうか。
小島 経済効果には直接的な効果と間接的、周辺的な効果に分けられます。オリンピックや万博のような大きなイベントでは、ざっくりした言い方をすれば、直接的効果はそれほど大きくはない。直接的効果と間接的効果は一対十くらいの違いがあると言ってよいでしょう。
上海万博の直接的経済効果には、入場料収入、宿泊費、飲食費、交通費などが含まれます。万博が始まる前に上海財経大学が行った試算によると、直接的経済効果は約800億元(約一兆円強)という数字が出ています。
――万博の入場料は160元ですから、7000万人がすべて有料で入場したとすれば112億元(約1500億円)ですね。
朱 上海市の住民に対しては、準備に貢献したということで、出稼ぎの農民工を含めてすべての世帯に、一世帯当たり入場券一枚と200元の交通カードが支給されました。また身長120センチ以下の子どもは無料ですから、いくらか差し引かなければならないでしょうね。
小島 ですから私は、入場料収入は七掛けくらいに見積もっています。飲食費についても、開催直後は会場に食べ物や飲み物を持ち込むのは禁止されていましたが、後にOKとなった。だから飲食費も少し差し引かなければならないでしょう。しかし入場者は目標を上回ることは確実なので、そう考えると直接的経済効果は一兆円くらいと考えてよいのではないでしょうか。
――間接的経済効果の方はどう思われますか。
小島 間接的効果は主にインフラ建設でしょうが、これはすでに建設が完了している。だからその効果はこれから出てくるのです。地下鉄が世界一の長さになったことで、通勤圏が拡大し、それにともなってモノの流れも活発化する。その経済効果は大きい。
さらに言えば、7月1日に上海―南京の高速鉄道が開通し、約一時間で結ばれました。上海市、江蘇省、浙江省で構成される長江デルタ経済圏がますます活発に機能するようになるでしょう。この経済効果はきわめて大きいと考えています。 ――これに対する投資総額はいくらで、その効果は?
加藤 発表された資料によると、上海万博の総事業費は286億元(約3900億円)、地下鉄などのインフラを含めると4000億元(約5500億円)が投下されたといいます。復旦大学の試算では、これによって上海の域内総生産を五ポイント上昇させる効果があるとのことです。 阮 上海のインフラ投資は十年、前倒しで実施されたといいます。その結果、上海は大いに発展したけれども、内陸部や農村部との格差は広がった。これをどう縮小して行くのか、それが中国の抱える大きな課題でしょう。
未来への波及効果
――中国の社会にとっても上海万博の与えた影響は大きいのではないでしょうか。
朱 「未来への波及効果」が大きい、と私は考えています。万博で各国の優れた科学技術やデザインを見た人々が、それを学んで、世界的な水準に追いつこうとする教育効果があった。さらに言えば優れた人材を育成する、未来の社会像を考えるという効果も出てくると思います。
阮 中国のパビリオンの展示で強調されていたのは「和諧社会(調和のとれた社会)」の実現という点でした。これによって調和のとれた、環境にやさしい社会を造っていこうという社会的なコンセンサスができればすばらしいと思います。
加藤 私が取材した中国政府のさる高官は「上海万博は中国人に未曾有の学習の機会を与えた」と言っていました。万博開催が決まってからの八年間、どうしたら「より良い都市、より良い生活」が実現できるかを懸命に考え、その結果、都市と農村の一体化やエコ社会の建設といった考えが出てきた。そして万博開幕後の半年間は「世界中の知恵を吸収する期間」で、その教育的効果は、オリンピックとは比べものにならないほど大きい、というのです。
――これからの上海の役割
小島 中国は「持続的発展」を強調しています。それには資源の面での制約もあるけれど、環境も大きな影響を与える。上海万博が始まった今年五月に、CO2の削減率を調査した結果、全国の一級行政区の中で上海がトップだった。つまり上海が環境の分野でもモデルの役割を果たしつつあるということです。
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横堀克己本誌編集顧問 1941年、東京生まれ。1966年、朝日新聞社入社、1981~84年、1990~93年、北京駐在。2001~2009年3月まで本誌編集委員として北京に滞在。現在本誌編集顧問。 |
横堀 確かに万博によって上海は、経済的にも社会の空気も大きな変化を遂げたようです。上海が急速に発展したことによって、内陸部や農村との格差は広がったけれども、鄧小平氏が「先富論」で言ったように、「先に豊かになる地域」と「後から豊かになる地域」があってもよいのではないか。「先に豊かになった地域」が牽引役となり、「後から豊かになる地域」を引っ張って行けるかどうか、それがこれから試されるのでしょう。
朱 鄧小平の「先富論」と現在の「共同富裕論」とは弁証法的な発展の関係にあるのです。全世界、どこの国でも「共同富裕」が良いに決まっている。しかし基礎がないところで、いきなり「共同富裕」になることは不可能だ。だからまずある地域が先行し、その波及効果が全体に及んでゆくことを考えればよい。上海は「龍頭」と言われていますが、牽引役としての役割を果たしてゆくことでしょう。
次は何を目指すか
――日本は東京オリンピックと大阪万博を経て発展の軌道に乗りました。中国も北京オリンピックと上海万博を成功させて、経済は高度成長を続けています。いまの日本は、目標を見失ったかのように見えますが、中国はこれから、何を目指してゆくのでしょうか。
加藤 私も中国の要人たちに「上海万博後、中国は何を目標に進むのですか」と質問してきました。これに対しある要人の答えは「中国はゴールをつくる必要はない。上海万博はスタートラインに過ぎない」というものでした。つまり上海万博で示された「より良い都市」を目指して進んで行けばそれでよいのだ、ということです。
朱 中国の発展の方向は、まずは産業の高度化、ハイテク化。これはすでに沿海部で労働集約的な産業が技術集約的産業に転換を始めています。さらに内需の拡大。大阪万博の後は、ファッション、外食産業、住宅が多様化し発展しましたが、上海万博後は環境保護、自然との調和、低炭素社会の建設へ向けて動いていくのではないでしょうか。
小島 中国もやはり「ポスト工業化」の時代に足を踏み入れて行くのでしょう。
――課題は何でしょう。
阮 上海万博はハードの面で成果をあげたけれども、どのようにして「和諧社会」を築くかというソフトの面ではこれからのスタートでしょう。2030年には中国の都市化率は58%になると予測されていますが、それでも農村人口はなお七億人もいるのです。だから、農民を市民化する制度面での整備が必要でしょう。
横堀 農村はこれまで環境を守る役割も果たしてきているのだから、農村が工業化、都市化していくというのではなく、自然や環境を守りつつ豊かになる「新しい農村」の建設が必要になってくるのではないでしょうか。
加藤 私たちは万博を見た後、長江に浮かぶ崇明島に行き、野菜の生産農家が集まって結成した「合作社」を見学しました。生産と流通を共同で管理・運営する組織で、大きな成果をあげて拡大しつつあります。こうした動きが成功すると、かつての「万元戸」のように、都市よりも豊かな農村ができる可能性もあるのではないかと感じました。
阮 こうした合作社は全国にすでに20万社ほどできています。ただ、合作社の法律ができたのは二年前で、まだ動き始めたばかりです。合作社が成果をあげるには、都市近郊にあること、食糧ではなく経済作物を扱っていることという制約があります。
横堀 いずれにせよポスト万博の中国は、さまざまな課題を背負いつつ、「和諧社会」の建設に向けて新たなスタートを切ったということですね。これからも注視して行きたいと思います。
人民中国インターネット版 2010年11月
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