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鉄飯碗時代の終わり『八月』

 

文・写真=井上俊彦

中国の映画はこの10年ほどで大きく成長し巨大産業となりました。この間に上映はフィルムからハードディスクに、映画館は洗練されたシネプレックスに、チケットはスマホ予約に、そして作品も多彩になりました。観客層も映画を見るシチュエーションも変化し、ますます庶民の娯楽として定着してきました。このコラムでは、大ヒット作品、気になる作品をピックアップし、ストーリーのほか、映画にまつわる話題、映画館で見かけたものも含めて紹介していきます。映画を話題に、今中国の民衆の身近でフツーに起きていることをお伝えできればと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。

12歳の少年が経験するひと夏の物語

3月後半は海外映画が元気で、国産映画には目立ったヒットがありません。ローバジェットのコメディーやホラー、サスペンスが多数公開されていますが、上映回数はほんのわずかで時間帯も午前中などと、なかなか見に行けないのが実情です。ただ、そんな中でも見どころのある文芸作品がいくつかありました。昨年の東京国際映画祭で上映された『走出塵埃(底辺から走り出せ)』や『八月』もそうです。すでに日本で上映された作品ですので、ストーリーなどは詳しく紹介しませんが、1990年代の内蒙古自治区のフフホト(呼和浩特)に暮らす一家のひと夏を、12歳の少年の目を通して描いています。

少年の目を通して時代を見るという物語は、ワン・シャオシュアイ(王小帥)監督の『我11(僕は11歳)』(2012)とも似ていますが、それに比べても物語に山場がありません。しかし、ビリヤード場や映画館などの舞台装置から家庭用ビデオ、ラジカセなどの小物、背景に使われる音楽まで、時代を表すアイコンがきめ細かく配置されています。私はこの時代のヒット曲などに詳しくないので、地元の観客ほどは楽しめないのが残念ですが。

映像的にも工夫が凝らされています。ラストシーンを除いて全編がモノクロで描かれているのですが、光の濃淡で北国の夏の日差しの強さと乾燥した空気感がよく表現されています。また、一貫していわゆる被写界深度の浅い画面で人物に焦点を合わせ、家並みなどの背景はぼんやりとしか見えません。これが、少年の心にフォーカスした記憶の中の物語であることを観客に伝えて来ます。

映画産業冬の時代到来を象徴

1990年代前半(1994年か? だとすると主人公は監督と同い年の1982年生まれになる)という時代背景は物語の大きなポイントになっています。特に、一家に大きな影響を及ぼすのが国有企業改革の波です。当時、政府直属もしくはその保護を受けている職場は割れない鉄で作ったお碗のよう=食いっぱぐれがないという意味で、「鉄飯碗」と呼ばれました。日本で言うところの「親方日の丸」と同義です。ところが、市場経済が進む中で80年代後半から国有企業の赤字問題がクローズアップされるようになり、90年代半ばになると、政府は大型の国有企業のみを管轄し、中小には民営化を認めていきます。そんな時代の先駆けとも言えるのが、映画会社に勤務する父親に訪れる転機で、それが物語の中では大きな事件になっています。

中国では映画産業には重要な宣伝の役割があり、各地で政府から保護されてきました。しかし、国有企業改革が進む時代にあって映画製作所は、他の業種に比べて改革が進めやすかったのかもしれません、リストラの波が平凡な家族を飲み込んでいきます。映画を取り巻く環境はこの時代に大きく変化しており、テレビ番組の多様化や家庭用ビデオの普及などもあり、2000年代前半を底に産業として衰退していきます。ストーリーの中でも父親が家庭用ビデオのテープを破壊するシーンがありましたが、それはこの時代の映画人たちの憂鬱を代表しているようでもあります。

さて、この日は新しくできたばかりのシネプレックスに行きました。世紀金源は北京市西部でも最大級のメガ・ショッピングセンターで、ここには以前から9ホールを有する大型の「星美国際影城」が入居していました。それが、別棟とはいえ同じショッピングセンター内にもう一つのシネプレックスが登場したのですから驚きです。確かに地下鉄駅至近であり、巨大なマンション郡が取り囲む映画館にとっての一等地ですから、勝算があっての進出なのでしょう。作品の中で描かれた映画界が斜陽化しつつある時代とはまったく逆に、映画産業が隆盛を極めている中での競争激化を象徴するようなオープンです。

映画館が入るのは、ショッピングセンターの中でも家具やインテリア、内装関係の店が入る建物。中国では入居者がキッチンや風呂まわりの品物を個別に買いそろえ、施工業者に内装を発注するのが一般的。そのため、こうしたショッピングセンターが重宝されるのだ。旺盛なマンション・ニーズを受けて、この日もイベントなどが行われ多くの買い物客を呼び込んでいた

後発だけにどういう形で差別化を図っていくのかが興味深いが、この日案内されたホールは全席革張りシートで、サイドの席は全てペアシートになっていた。先行するシネプレックスがファミリーをターゲットにしていることもあり、高級化路線によって若いカップルなどを取り込みたいようだ

 ショッピングセンター前の柳の並木も緑の葉を出し始めた。

 季節が足早に進んでいる

 

 

【データ】

八月(The Summer Is Gone)

監督:チャン・ダーレイ(張大磊)

出演:コン・ウェイイー(孔維一)、チャン・チェン(張晨)、グオ・イエンユン(郭燕芸)

時間・ジャンル:110分/家族・ドラマ

公開日:2017年3月24日

 

魔影国際影城は武漢を本拠地とする映画館チェーンらしいが、まだオープンしたばかりで存在を知る人も少なくロビーも閑散としていた

 

魔影国際影城・金源店

所在地:北京市海淀区遠大路1号B座5階

電話:010-88878911

アクセス:地下鉄10号線長春橋下車、A口を出て西頂路を西に向かって徒歩4分。世紀金源ショッピングセンターの別棟「居然之家」のビル5階

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2017年3月29日

 

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