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「ブラックスワン」は来ない サプライサイド改革に注目

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI)チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長を務めた。

今世紀に入り、世界経済に起こった最悪の出来事は、2008年に発生したリーマンショックではなかったでしょうか。01年に念願の世界貿易機関(WTO)加盟を果たし、国際化の歩みを速めていた中国経済にも大きな影響を与え、今でも傷跡を残しています。習近平国家主席は今年の新年賀詞で、16年を振り返り、中国人民にとって「非凡で忘れ得ない1年だった」と述懐しています。リーマンショックから9年、WTO加盟から16年が経った17年の中国経済は、どう展開してゆくのでしょうか。今日、中国をはじめ、反グローバリズム、保護主義の台頭を懸念する国は少なくありません。WTO加盟後15年(昨年12月11日)を経ても中国を市場経済国と認定しない米国、欧州連合(EU)、日本などの主要先進国があり、中国はこれこそ保護主義の表れと捉えているようです。17年の外部環境は、開放経済政策を採ってきた中国にとって、必ずしも良いとは言えませんが、中国の経済力に期待している国は少なくないでしょう。中国経済と世界経済との関係を見るための重要な視点を考察してみたいと思います。

 

 途上国が世界経済をけん引

国際通貨基金(IMF)の予測によれば、17年の中国経済の成長率は6.2%となっています。世界経済のそれは3.4%で、相対的に中国の成長率の高さが目立っている点では、これまでと変わりません。注目すべきは、先進国が1.8%(米国2.2%、ユーロ圏1.5%)であるのに対し、途上国は4.6%と高いこと、とりわけ、アジア経済が5.7%(東アジア5.6%、南アジア7.3%、東南アジア4.6%=アジア開発銀行の予測)と、成長率に関して言えば、途上国、アジア(特に、中国とインド)の成長率の高さが際立っている点です。世界経済におけるアジア経済、とりわけ東アジア経済のけん引力が高まっていると言えるでしょう。なお、経済協力機構(OECD)は日本の予想成長率を0.7%と予測しています。

 

 「13・5計画」の重要な2年目

 さて、今年の中国経済ですが、中国の識者や経済研究機関によると、IMFの予測値を若干上回る6.5~7%(16年1〜9月は6.7%)の間になるとの予測が一般的です。中国は17年が第13次5カ年計画(16〜20年、13・5計画)の2年目に当たる重要な1年と位置付けています。特に、習主席が新年賀詞の冒頭で、「我々は改革の全面的な深化を積極的に推進し、サプライサイドの構造改革で重要な一歩を踏み出した」と言及したサプライサイド改革は、17年の中国経済の行方を左右するばかりか、世界経済にも影響すると言っても過言ではないでしょう。因みに、16年に人々が何に最も関心を寄せたかについて、ビッグデータを分析したところ、サプライサイド改革が最上位(そのほか、二人っ子政策、匠の精神、人工知能、リオ五輪、振り込め詐欺、住宅価格、オンライン配車等)に入ったと、『人民日報』(昨年12月20日)は報じています。政府から人民にいたるまで、サプライサイド改革への関心の高さが分かります。

 

 中国経済がはじけたら……

実際、17年はサプライサイド改革の「深化の年」と位置付けられています。その重点は、去産能(過剰生産能力解消)、去庫存(住宅などの在庫削減)、去杠杆(脱経済レバレッジ)、降成本(企業コスト引き下げ)、補短板(弱点を補強し底上げ)の「三去一降一補」です。具体的には、企業淘汰(ゾンビ企業の整理など)、合併・再編(鉄鋼・石炭業界など)、国有企業改革、都市化推進、企業債務の株式転換支援、官民共同のPPP事業推進、減税、許認可の簡素化、物流コストの削減、貧困脱却事業の推進、社会保障の充実、新興産業の基幹産業化と従来型産業の高度化などが指摘できます。総じて、実体経済(特に、製造業)の強化、民生向上に向けた改革と言えるでしょう。16年12月に開催された中央経済活動会議(注1)で、「房子是用来住的、不是用炒的」(住宅は住むためのもので、投機するものではない)との指摘があったと報じられていますが、サプライサイド改革の必要性を端的に伝えているのではないでしょうか。

今や、中国の経済規模は世界経済全体の15~16%(15年は15.5%)を占めるまでになっています。その中国経済がはじけたら、それこそ、08年の悪夢の再来ともなりかねません。「炒経済(投機的経済)でなく実体経済の成長を希求する中国のサプライサイド改革が、世界経済の行方とも密接にかかわっているとする所以です。

 

 「変」と「一帯一路」が象徴

さて、日本でもおなじみですが、中国でも毎年、その年の漢字、流行語が発表されます。昨年は、国内的には、それぞれ「規」と「小さな目標」、国際的には、「変」と「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」が選ばれました(中国の国家言語資源観測・研究センターなどが実施)。このうち、「変」と「一帯一路」には、17年の中国と世界経済の関係、そして、その行方を見る視点が込められているようです。  

この「変」を代表するのが、「黒天鵝(ブラックスワン)」の飛来(予想だにしなかった事態の出現)です。先月号のこの欄にも書きましたが、今年も「ブラックスワン」の飛来を懸念する声が少なくありません。例えば、フランス第2位のメガバンクであるソシエテ・ジェネラルは、4羽の「ブラックスワン(欧米の政治不確実性、債券収益率の上昇、中国経済のハードランディング、主要経済体間での貿易戦の激化)」の飛来を予測しています。このうち、中国経済のハードランディングについては、過去、何度となく予想されてきましたが、的中した試しはありませんでした。世界における中国経済の比率が高まってきていることから、そうならないように、との期待感の裏返しと理解したほうがよいでしょう。中国では、相対的に高い成長率が維持されており、かつ、サプライサイド改革をはじめとする改革措置が実行されつつあり、これらが奏功すれば、今年も「ブラックスワン」は中国での着地点を見いだせなくなるのではないでしょうか。

「一帯一路」についてですが、13年に提起されてから3年が過ぎ、世界的関心の度合いが高まっています。トランプ氏の環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱表明や米国第一主義の主張など孤立主義的傾向が目立ちつつあるなか、参加65カ国との「合作共贏(協力ウインウイン)」をモットーとする「一帯一路」構想では、100余カ国・国際機関が支持および参加の意向(署名経済協力案件は40余件)にあるとされます(注2)。今後、この構想を支持する国、同プロジェクトに参画する内外企業がさらに増えるすう勢にあることは間違いないでしょう。果たして、「一帯一路」構想は、「世界経済の時代の潮流」となるのか、17年はその試金年と言えるのではないでしょうか。

 

 日中韓3国のメッセージを

「ブラックスワン」の度重なる来臨は、世界経済が変化しつつあることの証左と言えるのではないでしょうか。世界経済におけるアジア経済の比率が増してきていることや、「一帯一路」への世界の支持が高まっていることなどが、その事実を如実に物語っているようです。  そんな情況下、アジアの主要経済国である日中韓3国がどう向き合おうとしているのか、17年には世界の関心が高まるのではないでしょうか。一昨年、3年半ぶりに韓国・ソウルで再開し、昨年は延期となった日中韓3国首脳会談が、今年日本で早期に実現し、「ブラックスワン」の飛来を封じ込めるような力強いメッセージを世界に発信してほしいものです。

 

注1経済の現状を判断し、翌年のマクロ経済政策を決定する上で最も権威ある会議。中国共

    産党中央と国務院が行う最高級経済活動会議でもある。毎年1度12月に開催される。

注2 『経済日報』(昨年12月31日)など。

 

 

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