なぜ中国人は納得しないか
文=元中国社会科学院日本研究所所長 高洪
中国人がなぜ日本の首相ら現職要人の靖国参拝を納得しないか。筆者は主な理由は以下の諸点だと考えている。
精神的な傷口に塩を塗る
まず、政界要人の靖国参拝は戦争被害国の民衆の精神的な傷口に塩を塗る行為だからだ。あの不幸な戦争からすでに80年の歳月が経過しているものの、戦争を経験した老人がいまだ健在で、被害者側の苦痛の記憶はまだ完全に消えていないだけでなく、現在でも旧日本軍の遺留化学兵器がしばしば流出し被害を与えている。ましてや一部の日本の政治家はドイツのように自国の歴史上の罪に真摯に向き合うことができない。中日両国間で四つの政治文書を発表し、形の上では、国交正常化条約を締結し、平和友好条約にも調印し、前後して「平和的、発展的な友好、協調的パートナー関係」と「戦略的互恵関係」を構築しているものの、中日両大民族間に真の「民族和解(草の根レベルの寛恕、理解、融和)」はいまだに形成されていない。中国民衆のわだかまりが氷解したとは言えない現在、首相がこうした背景の下で靖国を参拝したことは、中国民衆の強烈な憤懣を引き起こさないと、どうして考えられたのだろうか。
参拝対象は人類共通の敵
次に、一部の参拝対象は永遠に戦争被害国の寛恕を得られない人類共通の敵だ。人類共通の価値観の中では、侵略戦争を引き起こし、あらゆる人々に塗炭の苦しみを与えた犯罪行為は厳しく非難されるものだ。周知の如く、靖国神社に祭られているA級戦犯の両手は中国人民の鮮血にまみれた殺害者の手で、かれらはあるいは中国で何度も都市の人々を皆殺しにした者であり、あるいは戦争の法理に違反して毒ガスを使用し化学戦争を展開した者であり、あるいはつかまえた一般の人々に対して生きたまま解剖実験を行った、良心のかけらもない者たちだ。日本の友人の中には中国側発表の被害者数に疑問を持つ人もいるが、中国で戦争を経験した人はみな日本が中国で行った残虐行為が14年もの長きにわたって行われたことを深くはっきりと知っている。極東国際軍事裁判所の判決は、さらに日本の侵略軍が中国で犯した戦争犯罪行為という疑いの余地がない事実に基づいている。当然、戦後の中日関係は「前向き」であるべきで、今日の友好·協力で子孫のために21世紀中に平和·善隣の新たな歴史を作っていく努力すべきである。これについて、周恩来総理はかつてポジティブで有効な方法を示している。それは「過去の苦痛の歴史について、中国人は口にせず、日本人は忘れないこと」というものだ。しかし、現実には日本は加害者として極力過去の罪悪を包み隠そうとし、逆に中国を苦痛の歴史を長く忘れられないよう刺激しており(韓国、朝鮮など他の戦争被害国を含む)、今日の日本がいったい何をしようとしているのか警戒させている。日本側の統計によると「日本はすでに中国側に23回謝罪している」というが、ひとまず日本側が何度も謝罪し反省を表した事実を信じることにする。
しかし、日本には言っておくべきことがある。現職の首相が首相の身分で靖国参拝を一度でも行えば、すべての謝罪と反省が「無に帰する」ということだ。なぜなら、靖国参拝は以前の口頭と書面上の謝罪と反省はみな偽りの外交辞令に過ぎないことを説明するのに十分足りるからだ。
参拝の理由に根拠はない
第三点は、国際的正義と公理という視点から見て、日本の政治家が靖国神社を参拝する理由には根拠がない。国際関係の面において、日本は一方的に自国の民族文化の特徴を強調すべきではなく、国際的に通用する道義や是非の基準に基づいて戦争被害国との関係を処理すべきだ。靖国神社は中国の人民英雄記念碑やモスクワの「赤の広場」の無名戦士の墓、米国のアーリントン国立墓地とは違うということだ。というのは、中国、ロシアで弔っているのは国土防衛戦争(つまり反侵略の正義の戦争)の犠牲者であることはとりあえず置くとして、アーリントン墓地でさえも靖国神社とまったく異なる。なぜかというと、第1に同墓地には靖国神社と違って、極端な宗教性がないこと。第2に、アーリントン墓地に静かに眠っている米国軍人は生前に「アーリントン埋葬」という夢を全く抱いていなかったことだ。一方、対外侵略のために出征した「大日本皇軍将兵」は「靖国で会おう」と約束し合った。この意味から見れば、靖国神社は対外侵略戦争中の軍人精神の拠り所であり、あるいは軍国主義を涵養する温床だったと言って間違いない。第3に、アーリントン墓地には遊就館のように奴隷制度や朝鮮戦争、ベトナム戦争の「正当性」をアピールするための歴史資料館がないことだ。従って、日本の政治家が国際社会に靖国神社を通常の意味で「無名戦士の墓」として受け入れ、あるいは、これを理由に、政界要人の参拝を理解してもらうことは不可能だ。
伝統的な神道理念と背馳
最後に、首相の参拝は「文化的伝統」「信仰の自由」「国民の意志」という言い訳も、全く成り立たない。靖国神社が侵略戦争中に戦死した兵士に対する一方的な祭祀は、日本の伝統的な神道理念と祭祀の習俗に背馳している。1980年代中ごろ、すでに日本宗教文化研究の権威·中村元、梅原猛両氏は「閣僚の靖国神社参拝に関する懇談会」に参加した際、明確に反対の態度を表明している。今世紀に入って、小泉純一郎元首相が何度も参拝していた時期に、梅原氏は2004年、雑誌『世界』9月号に掲載されたインタビュー「靖国参拝は日本の伝統から逸脱している」で、宗教学と民俗学の立場から首相の靖国参拝の不合理性について解説している。さらに、1979年、靖国神社にA級戦犯が合祀された後、天皇自身が二度と靖国に参拝に行かなくなったのも首相の参拝の不合理性を説明している。明らかに、日本の政治家が天皇と多くの国民の意向に逆らって、「民族文化の尊重」と解説することはできず、むしろ故意に政治的なショーとして見せ、対外的には隣国を刺激し、対内的には人心を籠絡し、大和民族主義の優越感を示すだけだと言えるだろう。
「ホネのある政治家」か?
この他にも、首相の靖国参拝は、東アジアの国際関係であろうと、日米関係であろうと、日本の国際的なイメージ上であろうと、どれにおいても極めてマイナス作用を及ぼすやり方だった。国際的に多くの国々が、首相の靖国参拝が日本を苦しい立場に追いやったと批判しており、特に米国が「失望」を公に表明したことは、首相や右翼をさらに「失望」と「誤算」を感じさせた。首相がなぜこういった圧力とリスクを冒してまでも靖国参拝を強行したのかについては、それはもしかしたら、日本国民の一部に支持者がいるからで、一方で右翼的な社会基盤から賛同を得られ、同時に日本に自信を取り戻したいと思っている新しい世代の人々も、ひそかに首相が「ホネのある政治家」であると敬服するからだろう。しかし、首相は別の一面を見落としていた。大部分の日本国民は、自分の国の国際的イメージが損われるのを望んではいないということだ。最近、中国、韓国、ロシア、ベトナムなどの国々の抗議や非難の声が高まり、特に米国など西側の批判や冷遇がこれに続き、国連事務総長もこの参拝行為に厳しい批判を発表している。こうした国際的な反対の声は、日本の人々の態度にも変化を引き起こした。参拝後数日の日本国内の調査では支持の声が高かったが、時が経つにつれ、国民の参拝に対する評価は非難や反対が多数を占めるようになっている。
歴史認識問題と釣魚島の主権係争は、中日関係に横たわる2つの難題である。両者が交互に問題を引き起こし、両国関係に後退をもたらしたが、両者が同時に発生すれば直接両国関係に致命的な危機をもたらす可能性がある。首相が本当に日本民族のことを考え、本当に対中関係の改善を望んでいるなら、靖国参拝問題には慎重な言動をとるべきだ。
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