童玉梅  みなを豊かにするのが私の光栄

童玉梅は、小柄で色の黒い回族の女性である。だが、この人が指導して、寧夏回族自治区の涇源県のもっとも貧しい村が、豊かな村に変貌した。そして、涇源の人々が豊かになる道を切り拓いたのである。

涇源県香水鎮下寺村は、人口380人。10年余り前に、村民の1人当たりの収入は480元に満たず、多大数の村民は、国家からの救済食糧に頼らなければならなかった。

村の土地の多くは黒っぽい砂地で、秋は霜害を受けやすく、冬季は保水力が弱く、穀物の栽培には根本的に適さない。どうすればこの痩せた土地から「金鉱」を発見することができるのか? 彼女はずっと思いをめぐらせた。

1990年、六盤山農林局で働いた経験を生かして、試しに1.5ムー(約1000平方メートル)の土地にカラマツを植えてみた。意外にも、この1.5ムーに植えた苗木が2000元以上で売れた。苗木を販売して儲けたお金で、彼女は5部屋の家を建て、全村で第1号の大型カラーテレビを購入し、村の富裕先進家庭となった。

最初の実験が成功したことから、童玉梅はこう考えた。痩せた土地に穀物を植えるよりも、苗木栽培を発展させた方がよい。1996年、中国共産党に入党して20年目に彼女は、大学卒の長男に助けてもらいながら一編のレポートを起草し、村民を指導して苗木を栽培し、みなの生活を豊かにしたいと表明した。

しかし、童玉梅のこうした考えを聞いて人々は、彼女が予想していたように奮い立つことはなかった。むしろ首を横に振り、彼女に冷水を浴びせた。「俺たちは先祖代々、ずっとこの土地に穀物を植えてきた。畑に木を植えるなんて、いままで聞いたことがない」「植えた木が食べられるか」

童玉梅は行動でみなを信服させなければならなかった。彼女は貧困家庭の馬保平に無償で5000本のトウヒの苗木を贈った。そして3年後、馬保平を連れて苗圃の苗木を自治区の区都である銀川に売りに行った。現在、馬保平一家は毎年、苗木による収入が1万元もある。その後、童玉梅は1万元以上の苗木を村民たちに掛けで売り、もっと多くの村民たちが苗木で豊かな日々を過ごせるようにした。

村民たちは童玉梅に信服した。1997年、村民たちは彼女を下寺村党支部副書記に推薦し、1999年には村党支部書記になった。

8年来、童玉梅はみなを指導し、苗木産業を興し、そして涇源県六盤山生態園林苗圃販売会社を設立した。みなの請け負った土地を賃借する方法で、苗木産業を発展させた。現在、下寺村は苗圃を740ムー(1ムーは6・667アール) 以上に発展させ、今年また500ムーを新たに植えた。全村の苗木の収入は40万元に達する。

山は緑になり、村民たちの手にお金ができた。視野も広がった。みな、豊かになる道を探すのに忙しく、「緑」にその道を求めている。村の中で寄り集まってマージャンを打ち、バクチをする人は少なくなった。1996年から今までに、村には盗難事件が一件も起こっていない。治安はますます良くなっている。

人民中国インターネット版 2007/10/17

 
 
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