三峡に実った百年の夢

                                    文 侯若虹 写真提供 中国新聞社

 
貯水中の三峡ダムの壮観な光景

長江は、多民族国家・中国の母なる川である。長江を開発、利用することは、中国人が百年来描いてきた夢だ。そんな夢を実現するため、世代を超えて、構想、測量調査、設計、研究、論証が繰り返されてきた。

 そして1992年、中国第七期全国人民代表大会第五回会議にて、『長江三峡ダム建設プロジェクトについて』の決議が採択され、1994年12月14日、三峡ダムプロジェクトが正式にスタートした。10年後の今日、三峡ダムは、第一段階として海抜135メートルまでの貯水を実現し、続いて航行、発電にも成功、百年来の夢は現実となっている。

 

前例のない巨大プロジェクト

 長江の三峡とは、西の重慶市奉節県の白帝城から、東の湖北省宜昌市の南津関までの区間にある、瞿塘峡、巫峡、西陵峡という三つの峡谷の総称だ。全長百92キロのこの一帯は、長江流域でもっとも雄大で美しい「山水画廊」を形作っている。しかし、地形が険しく、流れが速く、交通手段が限られていたため、経済的には、長年、他の長江流域に大きく遅れていた。

 しかし、三峡には豊富な「水力資源」がある。1919年、辛亥革命の父である孫中山(孫文)は、有名な『建国の方策』の中で、長江上流の水路の改良に言及し、三峡ダム建設構想を打ち出した。

 以降、中国人は、三峡での水利工事の実現を夢見てきた。新中国成立後の1953年になって、長江水利委員会が、三峡ダムプロジェクトの前期段階の技術的準備を開始した。1956年、毛沢東主席が長江を泳いだ際には、未来への想像力豊かに、次のような詞をよんだ。

 上流になお石壁築きて
 巫山の雲雨断ちきり
 高き山峡に平なる湖を出さん
 神女恙なからんも
 さぞ世の異なれるに驚くべし

 これこそ、未来の三峡への描写である。

 三峡ダムプロジェクトは、中国だけでなく、世界的に見ても最大の水利中枢プロジェクトである。完成後のダムは、重慶市と湖北省の20県・市の632平方キロの土地を水中に呑み込み、移住者総数は、113万人に達する。

 ダムの予定水位は175メートル、全貯水量は393億立方メートル、全長は600キロ強、平均幅は1・1キロ、面積は1084平方キロ。

 工事に際し、合計で1億283万立方メートルの土砂を開削し、3198万立方メートルの土砂を埋め立て、2794万立方メートルのコンクリートを注入し、46万三千トンの鉄筋を組み立て、25万6500トンの鉄鋼構造物を取り付け、26台の水力タービン発電ユニットを設置することになっている。

峡谷の静かな湖と黄金の航路

巨大な五段階式の航行用水門

 今日、毛沢東主席がかつて想像した「高き山峡の平なる湖」が、ついに出現した。昔、狭く、流れが急だった長江は、いまでは女性的な美しさを漂わせるようになった。

 そのため、中には、かつての三峡の美景が消えてしまうことを心配する人もいる。しかし、中国地質大学資源学院の土地資源管理研究所所長・李江風教授は、「貯水後、川幅が広がり、広い水面が出来るのは一部の谷に限られ、切り立った岸壁のある峡谷では、水位が175メートルに達しても、川幅に大きな変化はなく、船で航行する際の景観の見栄えへの影響は大きくはないだろう」と述べている。

 実際、貯水後には、水位が上がることで、峡谷の渓流がより多く、より深く、より幅広い範囲に広がり、数多くの想像を超えた新しい景観が生まれるに違いない。

 例えば、かつて「小三峡」と呼ばれた大寧河や「小小三峡」と呼ばれた馬渡河も、「高き三峡の平なる湖」の出現で、より魅力的になったように思える。すでに、これらの観光地では、観光客の受け入れを開始している。

 ダムの水位は現在、135メートルに達したが、これは、初期貯水にすぎない。専門家によると、移住政策など多方面の要素を考慮し、貯水を3回に分けている。2回目の貯水は、2006年9月に海抜150メートルまで行う。そして2009年の全工程の終了時に、最終的に海抜175メートルまで貯水する計画である。

 貯水後のさらに重要な変化は、航路条件の根本的な転換で、流れが緩やかになり、川が深く、広くなることである。これにより、航行の際の燃費がよくなり、積載量が増加し、航路片道の年運行能力は、いまの1千万トンから5000万トンに増加する。また、これまで航行できなかった1万トン級の船が、重慶港に直接接岸できるようになる。

 推計によれば、貯水後、水上運輸のコストは36%程度削減でき、輸送力も大幅にアップする。これにより、長江の水上運輸事業は、絶対的な価格優位を手に入れることができる。

 長江は、中国の沿海部(東部)と内陸部(西部)をつなぐ経済の大動脈である。内陸部の資源や製品が、より速く、より安価に沿海部に輸送できるようになることで、沿海部の企業が、これまで以上の低コストで内陸部に進出できれば、三峡という天然の要害は、「西部大開発」の新しい動脈になる。

長江の第四峡の誕生

湖北省巴東県の神農渓に船で遊ぶ観光客。同地は、三峡ダム貯水後に観光資源の魅力が倍増した

 長江がダムで堰き止められたあと、船舶はどのように通り抜けるのだろうか。

 工事請負業者は、上流から見てダム左側の花崗岩の山を切り開き、長さ7キロ、幅56メートル、高さ170メートル程度の人工峡谷を作り出し、年運行能力5000万トンの二航路ある五段階式の航行用水門を建設した。この巨大工事は、「長江の第四峡」建設と称されている。

 ダム貯水が135メートルまで達した後の6月16日、同水門の試験航行が成功裏に終わった。

 水門の建設には10年を要し、計18の山の頂上付近を切り崩した。山に、航路と水門口を開削するのは、世界的な難題だった。

 まず、山に爆薬を仕掛け、四方を数十階建てのビルに相当する高さの平らな壁に変える。もし一センチでも誤差があれば、百万元を再投資しなければならなかった。これは、たとえ一回でも爆破を失敗して山が崩れれば、水門建設のそれまでの苦労が水の泡になることを意味していた。

 工事を請け負っていた武装警察水利電力建設部隊は、半年で百回以上の実験を行い、1万組以上のデータを分析し、亀裂を生じさせる爆破と、平面を切り出す爆破の技術を結合させる方法を模索し、最終的に、爆薬で岩山を豆腐のように切り裂き、巨大な「長江の第四峡」の切り出しに成功した。

 航路を開削した後、山の内側から外部にかかる力と重力の作用で、航路両側の傾斜のある壁と、二つの航路を分けている石壁が崩れやすいことや、山全体が変形する可能性があることがわかり、水門に深刻な欠陥を残す恐れが指摘された。

 そこで技術者たちは、数え切れないほどの試験を繰り返し、100〜300トンの張力がある長さ30〜60メートルのワイヤで、2平方メートルごとに4〜6本の密度で、高さ68メートルの中央の石壁と高さ175メートルの両側の斜面を縫うように補強した。

 中国人が独自に設計・建築した水門の人字型の門は、名実ともに「天下一の門」である。門の片側は、幅20・2メートル、高さ38・5メートル、厚さ3メートルで、面積はバスケットボール・コート二面に相当し、重さは850トン以上ある。両側の水門を閉じると、髪の毛一本を差し込む隙間もない。

 工事関係者は、「大型船は階段をのぼり、小型船はエレベーターを使う」と、船舶が三峡ダムを通過する二つの方法を生き生きと描写する。水門の上流と下流の水位落差は113メートルあり、五段階の水門で、水位落差を管理することに成功している。

 「階段」とは、すでに試験運用をはじめた五段階式の航行用水門のことだ。船が水門に入ると、まず、水門の扉が閉まり、次の階の水門の水位と同様の高さまで水が注入される。そこで門を開け、次の階に移動する。これを何度も繰り返すことで、1万トン級の船が、階段を上がるようにダムを通り抜けることができる。

 一方「エレベーター」とは、まだ完成していないが、船の垂直昇降機のことだ。これは、客船を迅速に通過させるための機械で、一回の操作で3000トン級の貨客船一隻または1500トン級のはしけ一隻を通過させることが可能。113メートル上昇させることができる。昇降機の工事は、2005年に開始され、2009年に運行をスタートさせる。

中国の半分を照らす動力

 2009年に全工事が終了し、三峡水力発電所に設置される70万キロワットの水力タービン発電ユニット26台全てが稼動すれば、年平均発電量は、847億キロワット時に達し、中国の半分を照らすことができる。

 中国の経済成長にともない、エネルギー需要が日に日に増している。統計によると、全国の16の省・直轄市で電力不足が著しく、電気使用量を制限している。電力不足が深刻な省・直轄市は、主に経済的に発達している江蘇省、浙江省、上海市、広東省などの地域に集まっている。

 また、今年の第1四半期には、広東省全体の電力使用量が18%も激増した。しかも実際には、一部の後進地域も、程度の差こそあれ、電気不足に陥っている。

 三峡水力発電所では、7月と8月に発電ユニット2台が稼動した。年内に、55億キロワット時の発電を実現し、うち、28億8000万キロワット時は華中電力網、26億2000万キロワット時は華東電力網へ振り分ける。これにより、これらの地域の電力不足は大幅に改善され、中国の経済成長を支える新しい力になる。

 発電と同様に重要なのは、三峡ダムプロジェクトの水防機能である。ダムの貯水が175メートルになれば、洪水防止のためのダムの貯水量は221億5000万立方メートルに達する。かつて予期できなかった洪水は、三峡ダムによって防止でき、洪水の多発地帯であるケイ江付近の水防基準は、現在の「洪水十年に一回」から「百年に一回」まで引き上げられた。

 今後、長江中流域の武漢市などの大都市の安全を確保し、長江中・下流域の12万5000平方キロの平野に住む人々を洪水の恐怖から解放することが実現する。