自然と人がともに豊かに
「張家界」の挑戦
 
                                    原 絢子=文・写真

視界一面に広がる奇峰の大海原

 森林の空気が肌全体を潤わせ、自然の色彩が目にやさしい。目の前に広がる自然の神秘的な風景に、しばし時を忘れる。大小形も様々な峰が天に向かって「にょきにょき」と生えている様は、この世の風景とは思えない。しかし次の瞬間、ロープウエーの乗車を待つ長蛇の列や観光スポットでカメラを構える人の渦、整備された遊歩道や整然とした掲示板により、現実へ引き戻される。

 張家界は湖南省北西部に位置する中国有数の景勝地だ。その名を国内外に知らしめているのは、類まれな奇観が広がる武陵源風景区である。

 この美しい自然も二十数年前までは世に知られていなかったが、1980年代初めから観光業が盛んになり、多くの人が知るところとなった。1982年に国務院(政府)は張家界を全国初の国家森林公園として認定、1992年にユネスコは武陵源風景区を世界自然遺産として指定した。これにより、観光業の発展にますます拍車がかかった。

 観光業の発展は巨大な富をもたらしたが、計画性のない盲目的な開発により、風景区の都市化と環境破壊は日ごとに深刻になった。1998年、ユネスコのスタッフが張家界を視察した際、風景区の都市化と商業化に対して厳しい批判を呈した。張家界市党委員会や市政府もこれを厳粛に受け止め、張家界の意義は環境保護にあると認識し始めた。

環境保護こそが発展への道

風景区内は一般車進入禁止で、専用バスが走っている

 かつての張家界は貧困地帯であった。市場経済の力により貧困から抜け出そうと、観光業を盛んにして経済を発展させてきた。しかし経済の発展は美しい環境があってこそ。張家界市党委員会の常務委員・陳美林対外宣伝部長は「『保護第一、開発第二』これが私たちの基本理念です。環境を犠牲にして得た経済効果は一時的なものに過ぎず、そこには前途がありません。環境を守り、観光資源を保護し、その永久利用の実現こそが経済発展を持続させてくれるのです」と話す。

 実際に、石炭・薪のボイラーから石油・天然ガス・電気を燃料とするボイラーに移行させたり、「山の上で遊び、山の下に住む」ために風景区内のホテルやレストランなどのサービス施設や住民を風景区外に移動させたりして、環境を保護している。

国際森林保護祭の役割

 1991年11月8日、「中国湖南張家界国際森林保護祭」が開幕した。張家界荷花空港・台湾山荘の定礎式、国際生態森林シンポジウムが挙行され、民俗芸能や観光資源などの展覧会が開かれた。それ以来、昨年までに八回にわたって国際森林保護祭が開催され、森林観光、地質観光、茅岩川下り、国際登山招待試合、ロッククライミングのほか、地元のトウチャ族の民間演芸や気功の披露などが行われている。これは自然環境と森林資源の大切さを喚起し、張家界の人々が故郷を愛し、自然を愛していることを世界にアピールするために行われている。

 国際森林保護祭が張家界にもたらしたものは非常に大きい。1991年以前、国際レベルの設備とサービスを提供するホテルがなく、国際電話がなく、観光資源はあってもそれを利用できる観光業がなかった。国際森林保護祭は張家界の都市建設を加速させた。交通・通信設備が急速に発展し、人々の意識も変化した。

 今年上半期の全市の観光客数は約527万人、観光収入は24億元に達している。

環境保護のリーダーに

ロープウエー待ちで列をなしている観光客

 現在、中国では武陵源のほかに、四川省の九寨溝、黄竜、雲南省の三江併流群が世界自然遺産として登録されている。九寨溝、黄竜を有する四川省では近年、環境保護に力を入れ始めた。風景区内及び周辺の天然森林の保護・建設プロジェクトなどを進めている。2003年に登録されたばかりの三江併流群は環境の改善に努めてはいるものの、大規模なダム建設計画などが問題視されている。今年六月末〜七月初め、江蘇省蘇州市で開催された「第28回世界遺産委員会会議」では、「危機にさらされている世界遺産リスト」の候補に挙げられた。

 張家界は1998年にユネスコから環境問題について指摘を受けて以来、一貫して「保護第一、開発第二」をモットーに自然と協調した発展を模索してきた。早くからその重要性に気づき着実に実行してきた張家界は、これまでの経験と成果から国内の環境保護活動を引っ張っていく立場にある。

 張家界市党委員会の朱国軍副書記は「2010年までに年間1500万人の観光客を目指しています。その人数をピークとし、張家界は穏やかな発展を図っていくつもりです」と話す。

 武陵源風景区のいたるところで「愛護自然」の札とゴミを拾う環境保護員の姿を見かけた。当地の人々がこの美しい自然を守り続けることはもちろんだが、訪れる観光客一人ひとりの環境保護への自覚が、自然と人との共存の将来を握っている。

 
 


百竜観光エレベーターは環境破壊?

争論を巻き起こしている「百竜観光エレベーター」

 2002年5 月、世界一高い観光エレベーターである「百竜観光エレベーター」が運転を開始した。高さ326メートル、運行速度毎秒3メートル、たったの二分で山麓から山頂に到達する。しかし専門家やメディアから環境破壊と安全性を問題視され、わずか150日後に運転を停止、そして2003年8月、再び運転を始めた。

反対派は、この巨大エレベーターは重要な景観を損ない自然環境を破壊していて、世界自然遺産保護の公約に反していると声を上げている。それに対してエレベーターの運営側は、「山の上で遊び、山の下に住む」ための交通手段であり、風景区であっても観光の便は良くしなくてはならないとしている。