名作のセリフで学ぶ中国語L

 

故郷の香り (暖〜ヌァン)
 
監督・霍建起(フォ・ジェンチイ)
2003年 中国 109分
2003年 第16回東京国際映画祭 
東京グランプリ、優秀男優賞(香川照之)受賞

 


あらすじ

 10年ぶりに故郷に帰った井河は村の入り口の橋でかつて好きだった暖とすれちがう。故郷を離れ大学に入る時、きっと迎えに来ると約束したまま、やがて疎遠となり、約束を反故にしてしまった彼女が、聾唖者のヤーバと結婚しているのを知り、胸がうずく井河。10年前、村一番の器量よしで、歌と踊りの得意なこの少女と一緒にブランコをこいでいて、怪我させてしまったのは自分なのだと自分を責める井河に、妻の気持ちを知るヤーバは、妻と幼い娘を北京に連れて行ってくれと言うのだった。

解説

 『山の郵便配達』が日本で大ヒットした霍建起監督の新作はまたもや日本人の感涙を絞るであろうノスタルジックな美しい作品。莫言の初期の短編の『白い犬とブランコ』の映画化で、原作では作家の故郷である山東省高密県が舞台だったのを、映像化するにあたって、江西省の貽源県に移した。

 その理由は、1つには北方の荒涼とした景色より、南方の湿潤した景色のほうがよりノスタルジーに満ちているため。もう1つは主人公が故郷を離れ文化人となって帰ってくるという設定に、この安サユ省との省境であるサユ州地方の文化的背景が合っているためだという。ここは、かつて儒商と呼ばれた商人たちが上海などで稼いだ金で、贅を凝らした建造物を建て、子弟に読書をさせ、文人墨客を輩出した土地柄なのだ。『グリーン・デスティニー』や『菊豆』『愛にかける橋』でもこの地方がロケに使われたが、風景が一番美しく撮られ、有機的に使われているのは、この作品のような気がする。美術出身の監督の面目躍如というところか。

 霍監督は中国の詩や絵画の精神を映像に表現することに熱心で、『山の郵便配達』の湖南の山々には山水画の雰囲気が感じられたし、今回も、例えば、ブランコの上に冷たい月がかかる情景や、水辺に座りこんだ笠をかぶったヤーバの後姿に唐詩の境地が感じられる。ちなみに後者を撮影する時、監督が意図したのは柳宗元の「江雪」の漁翁のイメージだったそうだ。監督の作品は美しすぎて、中国の真実の姿ではないという批判もある。だが、芸術イコール真実ではない。日本の文学では三島由紀夫と川端康成が好きと言う監督の美的世界が、中国という素材を使って展開されるのが霍建起の世界なのであり、そこが日本人の、特に中年以上の観客に受ける最大の理由なのだと思う。






見どころ

 何といっても、この作品の演技で東京国際映画祭の最優秀男優賞を受賞した香川照之さんの名演技。聾唖という設定が、中国語を喋れないという状況にぴったりで、本能的な反応をせねばならず、目の表現力が増したのも幸いしたのだと思うが、当人は地獄だったという『鬼が来た』での撮影で開眼した演技力が、この映画で豊かに花開いたのだと思う。「先に地獄があったから、この映画の撮影は天国に思えた。」とは当人の弁。中国映画に2本出て、2本ともが高水準の作品というのは、中国の俳優でもめったに遭遇しない幸運である。この作品を見て、嫉妬する日本の俳優さんもいることだろう。誰とは言わないが。

 監督は香川さんを「徳芸双馨」と褒め称えた。特別待遇を要求せず、付き人も連れずに、たった独りで中国のキャストスタッフに溶けこんだ、俳優としても人間としても素晴らしい資質を指して言った言葉だ。

 完全に中国の貧しい農民になりきった香川さんが、やっぱり日本人という点を露呈してしまったのが、ナマのキュウリを齧るシーン。中国人はもっと豪快にかぶりつくんですよ、香川さん。

水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。

 







 
 






 
   
     
 


 
     
     
     
     
   

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