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ジェトロ北京センター所長 江原 規由
 
 

アルコールを飲む中国の自動車

 
   
 
江原規由1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 
 酔っ払い運転のことではありません。中国の自動車用燃料としてアルコール10%混入ガソリン(燃料エタノール)(注1)への切り替えが進んでいるということです。

 昨年11月、黒竜江省、吉林省、遼寧省などで、すべての自動車に対し、燃料エタノールの利用が義務づけられました。中国政府は将来的にこれを中国全土(注2)に拡大する意向です。遼寧省では普通ガソリンを販売したガソリンスタンドには5000元〜2万元(1元=約13円)の罰金を科すほか、吉林省では燃料エタノール使用車には消費税などを免除するなど、強制・奨励策が採られています。

 燃料エタノール(エチルアルコール)とは、トウモロコシ、イモ類、サトウキビを主要原料として生産されるもので、黒竜江省では、食用に適さない古くなった約35万トンの食糧を原料に、燃料エタノールを生産することを決めています。

 自動車燃料としての石油の消費量は、石油総消費量の約30%とされています。本格的マイカーブームの到来を前に石油消費が急上昇している中国で、自動車燃料として再生可能な燃料エタノールを普及させることは、エネルギー代替効果があり、中国のエネルギー安全保障にとって重要な意味があります。

 同時に、劣化した食糧を代替エネルギーに転化するわけですから、結果的には、農民の食糧販売難を緩和し、農民収入を増やすことになります。燃料エタノールの普及は一石二鳥、いやそれ以上の効果があるといえます。中国の自動車が「アルコール漬け」になればなるほど、その効果がますます大きくなるというわけです。

進む省エネ、外資との協力

河南省では、アルコール入りのガソリンの販売を始めた

 燃料エタノールの普及は、深刻化するエネルギー対策の一環です。中国は1993年以来、石油の輸入国に転じましたが、今や、世界第二の石油消費国となっています。さらに、2020年までにGDPの四倍増を国家戦略目標としており、エネルギー消費量・輸入量は今後一段と増加する見込みです。

 中国では、石炭は採掘や輸送などに問題がありますが、埋蔵量は豊富です(注3)。石油は、2003年の輸入依存度が30%(原油輸入量で9000余万トン)でしたが、2004年の輸入量は初めて一億トンを突破し、輸入依存度は40%に迫る勢いです。このまま推移すると、2020年には50%〜60%(注4)になり、50年後には何と90%に達すると予想されています(注5)。

 中国のエネルギー問題の核心は、原油輸入が増え、石炭と電力が不足しているという点です。2004年11月、中国政府は初の「省エネルギー中長期計画」を発表しましたが、その中で2010年のエネルギー消費量を2002年比で10%低下させる計画を明らかにするなど、省エネルギー強化策を具体的に提示しました。

 中国のエネルギー対策は大きく分けて三点に絞られます。

 @省エネ対策。

 身近な例では、交通運輸燃料の天然ガス化、全国発電量の13%を占める照明用電力の蛍光灯化の推進、ホテル、ショッピングセンターなどでの照明の省エネ化などがあります。また、2005年7月から、ガソリン節約のため車に対する燃費規制(注6)が実施される予定です。

 A 代替エネルギー開発。

 中国のエネルギー事業は石炭が中心ですが、沿海都市部で天然ガスの使用を増やす予定であり、「西気東輸」計画(西の新疆ウイグル自治区などから東の上海などの沿海地域に天然ガスをパイプラインで運ぶという大プロジェクト)が進行中です。そのほか、使用量が増大している電力は、水力(注7)を中心に原子力、風力、ソーラー、地熱発電の開発および容量アップに取り組んでいます(注8)。注目すべきは、総発電容量に占める原子力発電の割合を現在の1・6%から2020年に2・5倍にあたる4%に引き上げる計画だという点です。

 B外資企業との協力関係強化。

 代表例は2004年9月、トヨタ自動車と第一汽車集団(長春)がハイブリッド車(プリウス)を、2005年中を目途に中国で合弁生産することで合意したことでしょう。外国の技術が中国の省エネルギー問題に大きく貢献する事例といえます。このほかにも、2004年10月には、米国のGMと上海汽車集団がクリーンエネルギー自動車協力プロジェクト(ハイブリッドエンジンや燃料電池を利用した自動車開発など)に関する了解覚書を交わしました。今後、省エネ関連設備の製造など中国のエネルギー・環境問題対応型の産業分野で、また鉱物資源の探鉱・開発分野や海外からの対中エネルギー輸送などで、中国企業と外資との協力関係が増えると思われます。こうした外資企業との協力関係が中国エネルギー問題を緩和し、さらに環境問題を軽減する上で大きな役割を演じることになるのだと思います。

エネルギー問題で世界と協力

 最後に、中国のエネルギー問題での注目点は、中国企業による海外での資源・エネルギー開発(鉱区の権益 フ買収、共同開発など)が目立って増えていることでしょう。

 例えば、中海MUTURI有限公司(中国海洋石油有限公司が全額出資する子会社)が、英BG社から同社が所有するインドネシアMUTURI社の権益を買収した例(2004年5月)など多岐にわたっています。

 同時に、首脳資源外交も活発化しており、例えば、2004年11月、中南米四カ国(ブラジル、アルゼンチン、チリ、キューバ)を訪問した胡錦涛国家主席は、各国で資源分野での協力強化を訴えたほか、チリのサンティアゴで開かれたAPEC首脳非公式会議では「APECは世界的な資源・エネルギー問題の軽減に向けた一層の努力を」と提案しています。

 今後、重化学工業化、生活水準の向上が進む中、増大するエネルギー消費をどう確保するかは、国家の最重点事項であり、21世紀に中国経済が引き続き高成長を遂げる上で大いなる挑戦であるといってよいでしょう。

 中国経済の国際化が急展開している今日、中国のエネルギー問題は中国だけの問題ではなく、世界経済の発展に大きく関わってくると思います。中国の石油輸入の増大が石油の国際価格を引き上げていると、中国のエネルギー問題のマイナス面を強調する向きがありますが、重要なことは中国のエネルギー問題をともに考えて行くという姿勢ではないでしょうか。エネルギー問題で中国経済が停滞したら、困るのは中国だけではないはずです。

注1. 3.3トンのトウモロコシから1トンの燃料エタノールの生産が可能。その過程で薬用添加剤、食品添加剤、飼料や肥料などの生産も可能。

注2. 今年末までには、全面実施5省(東北3省に加え、河南省、安徽省)、試験的実施4省(湖北、山東、河北、江蘇の各省)の27都市に拡大する予定。

注3. 埋蔵量は多いものの、最近、採掘事故が多発し、かつ物流の問題があるなど石炭資源の有効活用に問題が生じているほか、環境問題への対応が求められているなどの問題も抱えている。
注4. 中国総エネルギー(石炭、石油、天然ガスなど)消費量は世界総消費量の約11%(GDPの比率は約4%)。なお、2004年の石油貿易の赤字額は300億ドルに達したと見られる。

注5. 中国は来年から戦略的備蓄計画を実施する予定で、30日分の輸入量の備蓄を目指す。因みに、米国の備蓄量は158日、日本161日、ドイツ127日。

注6. 例えば、重量1トンクラス以下の乗用車はガソリン1リットル当り走行距離を約12kmに、2009年からは同約13kmにする。

注7. 代表的例では、世界最大級の長江の三峡ダムからの送電が始まっている。

注8. 2005年に自然エネルギーの利用促進を目指す「再生可能エネルギー利用法」が施行される見通しで、風力発電などクリーンエネルギーに対し、優遇政策が適用される。


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