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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

「自主創新」で世界の「創新大国」へ


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 
 昨年来、「自主創新」がしきりと提唱されています。3月の全国人民代表大会(全人代)でも、第11次5カ年規画においても、この四字成句は最も目に触れ、耳にする国家的スローガンの一つでした。

 温家宝総理は、全人代での『政府活動報告』で「中国は科学技術と自主創新による経済社会発展の歴史的段階に入った。創新型国家を建設するため『国家中長期科学・技術発展企画要綱』を全面的に実施する」としました。3月20日には、『全民科学素質行動計画綱要(2006〜2010〜2020年)』が公布され、人民の科学的素養の向上が、党および国家的一大事業とされています。

科学技術立国へ

 「自主創新」には、「新機軸を打ち出す」というほどの意味がありますが、1949年の解放以来、中国を支えてきた指導者の考え方が継承されているといえます。

 1978年9月、ケ小平氏は「毛沢東思想の旗印を高く掲げるとはどういうことなのか。それはつまり、当面の実際から出発し、さまざまの有利な条件を充分に生かして、毛沢東同志が提起し、周恩来同志が発表した『4つの現代化』(工業、農業、国防、科学技術)の目標を達成することである」と言いました。

 そしてその3カ月後、ケ小平氏は改革・開放政策を発表、以後、中国経済は高度成長を歩むことになります。
 
 その改革・開放路線で「4つの現代化」は着々と実現されていくわけです。工業では、中国は「世界の工場」となりました。農業では、目下「新農村建設」が提唱されており、国防では、人民解放軍の大胆な兵員の削減が敢行されるなど、現代化が進んでいます。

 さて、4番目の科学技術の現代化ですが、いよいよこれからが本番です。

 「自主創新」はいろいろな場面で登場していますが、その要点を概観してみましょう。

 ▽第11次5カ年規画期(2006〜2010年)の年平均経済成長率を7.5%と、前期(9.5%)より2ポイント低めに設定するが、2020年の研究開発(R&D)投資をGDP比で現在の1.35%強から約2倍増の2.5%以上とし、「科学技術立国」を目指す。
 
 ▽企業は自主ブランド、自主技術の開発を優先し、「知的財産権大国」を目指す。
 
 ▽国家は教育を充実・整備し、21世紀の改革・開放路線を支える人材を育成し、「人材強国」を目指す。

なぜ「自主創新」が必要か

2005年10月、初めて2人の宇宙飛行士を宇宙に送り出した酒泉の衛星打ち上げサンター

 なぜ今、中国は、「自主創新」で「科学技術立国」や「知的財産権大国」を希求するのでしょうか。まず、「世界の工場」の実情を例に、その理由を見てみましょう。

 ▽中国企業の99%が、専売特許を有していない。

 ▽世界500傑企業の販売総額に占める研究開発費は5%〜10%であるのに対し、中国500傑企業は1.6%と低い。

 ▽中国は対外貿易総額で世界第3位の貿易大国であるが、輸出商品のうち自社ブランドまたは知的財産権を有しているのは10%程度と低く、利益が少ない。

 ▽中国は世界第4位の製造業大国でありながら、重要な技術・装備は輸入に依存している。

 ▽中国は資源消費大国で、GDP1万ドル当たりの資源消費は世界平均の1.8倍と高い。
 
 即ち、「世界の工場」から出荷される「Made in China」は、設備を輸入し、中国人の手を使って外資系企業のためにつくった製品が多く、そのために必要な資源・エネルギー効率があまりよくないということになります。

 さらに付け加えれば、中国は今やGDPで世界第5位の経済大国になったにもかかわらず、一人当たりでは世界から大きく遅れをとっており、しかも各地域、各階層間の格差が拡大しているなど、成長に伴う矛盾に直面しています。
 
 「世界の工場」で中国が付加価値と収益率の高い製品をもっとつくれるようにするにはどうしたらよいか、環境と人民にやさしい持続的経済成長を実現していくにはどうすべきか、こうした命題を背負って「自主創新」が提唱されているわけです。

「四位一体」で推進

 冒頭の『国家中長期科学・技術発展企画要綱』によれば@エネルギー・水資源・環境保護技術の発展を優先としA装備製造業(主に重化学工業)および情報産業の核心技術で知識財産権を獲得するBバイオ技術を、世界のトップ水準を狙う中国ハイテク産業の重点として発展させるC宇宙・海洋技術の発展を速めるD基礎科学・先端技術研究、特に複数領域研究を強化する――としており、国家、企業、研究機関、そして人材の「四位一体」での「自主創新」が強力に推進される状況にあります。

 1986年3月、4人の科学者が、ハイテクを発展させ、世界の科学技術水準に追いつけ、と党中央に建議書を送りました。これをきっかけに生まれた『国家的ハイテク研究・開発計画』(863計画)では、バイオ技術、宇宙技術、レーザー技術、自動化技術、エネルギー技術、新材料技術、海洋技術などの八分野(20テーマ)を研究開発の重点としました。

 今日、バイオ、ナノテク、宇宙関連(有人飛行など)など研究開発能力で、中国は世界的水準にあるといわれています。また、企業レベルでも安彩集団(カラーTV)、奇瑞公司(国産自動車)、振華港機(クレーン)、北京信威公司(通信)、鞍鋼集団(鉄鋼)、そして三峡ダム建設に関係したハルビン電機廠など、外国の先進技術を導入し、自主技術や知的財産権を創出している中国企業は少なくありません。

 人材でも科学技術関連が3850万人、うち研究開発人材は109万人で、それぞれ世界第1位、第2位とされているなど豊富です。

世界の脅威にならず

 中国では、今後、国際化と重化学工業化が一段と進展していく情勢にあります。このことは、世界経済との競合か協調か、また持続的高成長か資源・エネルギー、環境問題の先鋭化か、といった二律背反的局面への対応が急務となります。

 中国は、「和諧社会」(各階層、各地域で調和のとれた社会)、「小康社会」(2020年までに人民が基本的な豊かさを感じられる社会の建設)、節約型社会、循環型経済(生産、消費、再利用のリサイクル経済)の建設で、成長に伴うコスト要因を縮小し、かつ「和平崛起」(中国の世界経済におけるプレゼンス向上は世界の脅威にならないとの主張)で、対外的に融和路線を追求しようとしています。

 かつて、印刷術、羅針盤、火薬など歴史的大発明をした中国に、21世紀は「自主創新」で世界の発展と平和に大きく貢献する時がめぐってきているといえるでしょう。


 
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