宋·建陽窯黒釉兎毫盞
高さ4.2センチ、口径12.3センチ。

 古代中国には数多くの名窯があったが、そのなかの一つ「建窯」とは、福建省の二つの著名な窯場のことをいう。黒磁を焼成する「建陽窯」と、白磁を制作する「徳化窯」である。

 建陽窯跡は、同省建陽県を流れる数本の渓流近くで見つかっている。唐代に青磁の焼成が始まったが、宋代とくに南宋時代に入ると茶飲み用の黒磁器が大量に作られるようになり、全盛期を迎えた。建陽窯焼成の黒釉磁器は、使われる土に鉄分が比較的多いために、生地は黒くて堅硬、重厚であり、釉色も黒あるいは黒黄色だ。古代の文献は、この種の黒磁を「烏泥建(うでいけん)」とか「黒建」、あるいは「紫建」と記している。

 この作品は、口部がひろく、腹部はふくらみをもち、わずかながら曲線を描いている。表と裏全体に混じり気の少ない釉(うわぐすり)が施されているため、透明で光沢がある。鉄錆のような色の美しい細い線が、表面にいくつも浮き出ており、細かな兎の毛に似ているところから「兎毫(とごう)」と呼ばれている。宋代建陽窯の代表作といっていい。

 宋代以降の詩のなかでは、「玉毫」「異毫」「兎毫斑」「兎褐金絲」などとよく書かれているが、これらはいずれも兎毫の別称である。では、兎毫はどのようにして形成されるのだろうか。千三百度という高温で焼成すると、釉の層にある気泡が生地に含まれる鉄分の一部を押し出し、それが冷却の段階で小さな結晶体となって表面に出てくるのである。

 茶を飲む風習は宋代に盛んとなり、茶器は主要な道具の一つとなった。黒釉茶器の流行は、当時はやった「闘茶」と無縁ではない。闘茶とは、茶を飲み比べてよしあしを判定すること。この時代は白色の茶が最高とされ黒の茶器を用いればその対照が鮮やかである。また、闘茶にとって冷めにくい器が最適であるため、生地の厚いこの種の茶器がよく使用された。

 建陽窯は茶器を生産する名窯であり、中国で一世を風靡(ふうび)したばかりでなく、浙江省天目山の寺に留学した僧が日本に持ち帰り、のちに「天目磁」「兎毫天目」として茶道の名器となった。(文・劉秀中 写真・梁剛)

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