「新華人」を分析すると ――
                                    

日本華人教授会議の朱建栄代表(中央)は、シンポジウムで日経連の奥田会長(左)と同席し、意見を交換した。同会議は、在日の中国人学者によって組織され、中日の学術分野で広範な影響力をもっている(写真・王健)

  「新華人」が日本に来始めたのは、中日の国交が正常化した1972年以後のことである。その後、その人数は、1980年代になってから急速に増加する。中国が改革・開放を本格化させ、経済が急速に発展すると同時に、人々の考え方にも変化が起こってきたのである。

 多くの中国人が海外への発展をはかり始め、「出国ブーム」が当時の社会現象になった。それに加えて80年代初め、中曽根内閣が「10万人の留学生受け入れ計画」を発表、これが日本への中国人留学生の急増をもたらした。

 90年代以後は、中日両国の経済、文化などの各方面の交流が引き続き拡大するのにともなって、人の往来も日増しに盛んになった。留学のほか結婚、仕事、文化交流など、中国人が日本へ行く手段と方法は多様化した。

 「新華人」の人数は、年々増加し、とくに2000年以後は、毎年10%の速さで増えている。

2005年11月、西日本新華僑華人連合会が正式に設立された(写真・王健)

 長い間、在日中国人の研究に従事し、日本で『日本僑報』を発行している段躍中さんによると、現在、「新華人」の大部分は、3、40歳代に集中していて、みな働き盛りであるという。

 そのうち、多くの人は日本に留学し、修士や博士の学位を獲得した後、日本に留まった。彼らの中には、高い素質を持つ人材がたくさんいる。

 職業別に見ると、伝統的に華僑が海外で従事してきた中華料理屋や床屋などのサービスの分野だけでなく、教育や科学技術、文化、ビジネスなどの分野により多くの「新華人」が従事している。

横浜の在日中国人たちは2005年の国慶節を祝った(写真・王健)

 「新華人」の増加にともなって、多くの人々が日本社会で、次第に頭角を現し始めた。書籍を出版したり、文化交流活動を組織したり、メディアを創業したり、刊行物を発行したり、会社を開設したり……。「新華人」の専門家や学者が日本のメディアに頻繁に登場している。

 中国経済の発展と中日両国間の交流拡大が、「新華人」に活躍の広い舞台を提供している。中日間の交通が便利になり、情報、通信が発達したことも、中日両国の間で活躍する「新華人」には追い風となっている。

 

「外国人が融合・共生できる社会を」

坂中英徳さん

 坂中英徳さんは、かつて法務省の東京出入国管理局の局長をつとめ、現在は外国人政策研究所の所長である。彼は30年以上、入管事務にかかわってきたので、「新華人」の問題に詳しい。
 彼はかつて、中国人を日本に受け入れることに関しては、非常に慎重な態度だった。しかしこの数年、その見方を変えた。「2004年に『外国人に夢を与えられる社会を作る』という本を出版したとき、在日の中国人に対して正しい理解に達した」という。

 坂中さんは言う。「長期にわたり、日本社会は『新華人』の犯罪問題に注目して来ました。普通の日本人は、私も含めて、在日中国人の実情がよくわかっていません。実際は、『新華人』の大多数は非常に勤勉であり、素質も高い。多くの優秀な人材がすでに経済、学術、文化などの分野で活躍しています」

中国のテレビ番組『同一首歌』が2005年10月、東京で中日友好の歌の会を開催し。中日両国のスターたちが同じ舞台に出演し、好評を博した(写真・王健)

 坂中さんは、次のように考えている。

 日本社会の少子高齢化は日増しに深刻になっていて、いかにしてうまく外国の優秀な人材を日本に吸引するかが緊急の課題だ。このためには、日本社会がさらに開放され、在日の外国人に平等な就業の機会と社会的地位を与え、日本人と外国人が融合・共生する社会をつくりださなければならない。現在、在日の「新華人」はますます増えていて、日本の外国人に対する政策は、かなりの程度、いかに在日の中国人を待遇するかによって決定される。いかにして「新華人」をうまく日本社会と結びつけ、中国と日本の発展に貢献させることができるか、各方面の共同の努力が必要である。

老華僑は「新華人」をこう見る

曽徳深会長

 曾徳深さんは、1940年、横浜の中華街に生まれた2代目の華僑である。本籍は広東省。1999年から2005年まで、横浜華僑総会の会長をつとめ、現在は、日本華僑華人連合総会の会長である。彼の目に「新華人」はどのように映っているのだろうか。

 「長く、華僑総会の仕事をしてきた関係で、『新華人』と呼ばれる人たちと接触する機会は多い。古い華僑と比べ、彼らのかなり多くは高学歴で、日本に来てから従事する職業は、文化、教育、科学技術などが多くなっている。また彼らは日本には社会的基礎がなく、日本社会に足場を築くには、自分の努力に頼るほかはない。このため彼らはみな、強烈なハングリー精神を持っている」

横浜の山手中華学校の授業風景。現在、生徒の6割は「新華人」の子女だ(写真・王健)

 「仕事の面では、『新華人』は、努力によってすでに日本人社会に溶け込んでいる。現在、日本社会の多くの分野で、『新華人』の活躍する姿を見ることができ、絶えず彼らの声を聞くことができる」

 「『新華人』の刻苦奮闘の精神は、子どもの教育の面にも見られる。横浜の山手中華学校では、60%の生徒が『新華人』の子女だ。彼らは一生懸命学んでいて、成績も優秀だ。『新華人』の家庭では、子どもの教育に対する投資が非常に大きく、できるだけ条件のよい学校に子女をいれようとしている」

在日中国科学技術者連盟も「新華人」の組織。技術発表会を行った(写真・王健)

 「昔からの華僑と比べてみると、『新華人』は、成長した環境と文化的背景が違う。彼らは個人の奮闘を重視するが、公共の事業に対する関心が足りないという問題がある。しかし今、彼らはこの問題に気がついている。例えば、日本において中国語教育を推進しようと、みんないっしょに努力している。私は、中華学校は、中国の文化を継承する核心の場所であり、在日華僑や華人の子孫に民族のアイデンティティーを形成させる重要な接点である、と考えている。『新華人』が今後、公共の事業へさらに加わり、さらに日本社会に溶け込むことを考えるよう希望したい」


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