M&Aは外資導入の切り札となるか
                ジェトロ北京センター所長 江原 規由
    
 
   
 
江原規由
1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。

 

 2002年、中国は米国を追い抜き、世界最大の投資導入国となりました。現在、中国に登記された外資系企業(以下、外資)は約46万社。これほど多くの外資を導入した国・地域は、中国をおいてほかにありません。今も増え続けています。膨大な国内市場の存在と生産拠点としての魅力が、外資をひきつけてやまないということです。こうした高水準かつ持続的な外資導入が、中国の高度成長に大きく貢献してきたわけです。その中国で今、外資の対中投資に変化が現れつつあります。

 これまで、外資の対中投資は、中国企業との合弁や独資(外資の100%出資)が中心で、いずれも中国において企業や工場を新規に設立していました。中国ではこうした投資形態を「緑地投資」といっております。

 このところ、対中投資の新しい形態として大いに注目されているのがM&A(企業の買収による合併)です。既存の中国企業の買収や株式取得などを通じて、対中進出する外資が目立つようになってきたということです。「緑地投資」が「無」から「有」への投資形態であるのに対し、M&Aは「有」から「有」への投資形態ということになるでしょう。なぜ、今、M&Aによる対中投資がクローズアップされているのでしょうか。

 その理由は、大きく分けて二点あげられると思います。それは外資導入の高水準維持と外資参加による国有企業改革の推進ということになるでしょう。

 中国はこれまでに、約5000億ドル(実行ベース)の投資を受け入れておりますが、このうち、M&Aによる対中投資の比率はわずか5%程度と少なく、国際的平均水準の80%を大きく下回っております。M&Aの環境さえ整えば、外資導入の余地は非常に大きいといえます。中国政府は、『外資の利用による国有企業改編暫定規定』(2002年11月)、『外資による中国企業M&A暫定規定』(2003年3月)を制定するなど、M&Aの環境の整備を急ピッチで進めております。

 一方、外資にとっても、M&A対象の中国企業がもっている人材や経験、さらには国内市場を確保できるなどのメリットを享受できますが、なんといっても、新規設立の手間と時間が省ける手っ取り早さがM&Aの魅力でしょう。日本企業による中国企業M&Aの事例では、ソニーが現地法人を通じ索貝デジタル科技社(成都市)の株式を買収し、同社の経営権を握ったケースや、米国のエマーソン・ネットワーク・パワーが華為科技の全額出資子会社を7億5000万ドルでM&Aしたケースなど目白押しです。

 中国のM&A状況は、外資による中国企業のM&Aにとどまることなく、中国企業間のM&A、在中外資企業間のM&A、そして中国企業による在中外資のM&Aなどと多彩です(注1)。いずれの場合も、中国政府の大胆な支持があることから、中国におけるM&A市場は、目下成長過程であり、外資の参入もこれから本格化するということになるでしょう(注2)。

 また、中国では目下、所有形態の多様化による国有企業の改革・再編が急ピッチで進められておりますが、これに外資を積極的に参画させていこうとしております。昨年10月開催された中国共産党の第16期3中全会で、「株式制を公有制の主要な実現方式とする」としていることから、国有企業の改革・再編の柱は、その株式化にあるといえます。企業が株式化されれば、外資の株式取得によるM&Aもやりやすくなりますし、中国企業も資金や技術の導入につながり、企業の活性化と発展につながると期待できるわけです。

いち早く、中国に投資した外資系企業は、中国経済を牽引してきた(天津の経済技術開発区で、焦永普撮影)

 株式化は、これまで国家が所有していた企業を大胆に対外開放するということです。上場企業が1300社ほどと少ないほか、株式取得にまだ制限的なところが多い状況ですが、外資に限らず、本誌の読者でも株式を自由に取得し中国企業の経営に参加できる道が整備されようとしているということです。

 M&Aの手法は、中国企業を丸ごと買収したり、倒産した企業を競売で落札したりと多種多様です(注3)。中国におけるM&Aにはリスクもあります。まだまだ関連法規が不備なこと、資産評価があいまいなこと、そして安易にM&Aを奨励すると、国有資産の流出につながりかねないと懸念する声もあります(注4)。しかし、中国は不退転の覚悟で国有企業改革を中心とする国有資産改革に取り組んでおり、外資によるM&Aは、今後飛躍的に伸びることが確実な情勢です。

 これまでの外資導入では、中国は外資に軒先を貸してきたといえますが、M&Aを奨励することは、外資を軒先から母屋に入れて経済交流をやろうということだと思います。お互いが身近になるということですから、これまで以上にお互いの気持ちを思いやり、そして我慢しあうという姿勢が大いに求められるということでしょう。

注1 2003年1〜9月の中国のM&A取引額 は240億ドル、その83%が非公有企業と外資によるM&A(『21世紀経済報道』 2003年11月27日)。

注2 1998年から2001年の4年間に発生したM&A案件数は1713件(『中国経済時報』 2003年12月3日)。

注3 1994〜2002年にかけて閉鎖もしくは破産処分になった国有企業は3080社(『経済参考報』 2003年11月25日)。

注4 あるアンケート調査によれば、アンケートに回答した国有企業経営者の4割が売却の意向をもっている(『中国経済時報』 2003年11月18日)。(2004年3月号)