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ジェトロ北京センター所長 江原 規由
 
 

日中関係を距離ではかる


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 日中関係が「政冷経熱」と言われて久しい。経済関係は良好だが、政治関係がそれほど改善をみていないという意味ですが、日中関係は「一衣帯水」といわれていたころに比べますと、この四字成語の氾濫する今日の両国関係は、不自然な感じを否めません。

 温家宝総理は、「日中関係は政冷経熱といわれているが、日本に何を期待したいか」との質問に答え、日中両国は、「歴史を鑑とし、未来志向で、協力強化と共同発展を求めることが必要」と言っています(注1)。

               日中間の四つの距離

 「政冷経熱」の日中関係を距離で測ってみましょう。その距離は近づいたり(熱くなったり)遠ざかったり(冷えたり)し、その遠近が時の対日観や対中観に反映されていると思うのです。

 日中間には、@地理的距離A時間的距離B心理的距離C経済的距離――の四つの距離があります。

 まず地理的距離ですが、これは近づきも遠ざかりもしません。日中両国は隣国であります。東京―北京間はほぼ2000キロであり、この距離は変わりません。地理的距離を別の言葉で形容するとしたら、正に「一衣帯水」の距離ということです。

 日中間の時間的距離は、大いに縮まっています。両国間の航空路線の拡大、通関業務などの簡素化や、中国国内における交通網の整備〔高速道路網の発展、鉄道の高速化(注2)など〕で、一日で行ける距離が年々拡大しています。

 例えば、高速道路網は、今年3月の交通部の発表で、総延長距離を2010年までに5万5000キロにするとしています。これは恐らく世界一で、物流では400から500キロの大都市間では日帰りが、800から1000キロなら当日、到着できるようになるとしています。

 中国の高速道路の最高時速は120キロです。大都市間には片側3〜4車線の堂々たる高速道路が通じています。交通の便は急速に改善されています。今後、両国間の時間的距離はさらに縮まることは確実で、日中両国は相互にますます身近に感じられるようになると期待できます。

 ところが、心理的距離は残念ながら遠ざかっているようです。

 一例を挙げましょう。中国社会科学院日本研究所と日本の内閣府大臣官房室が最近、時期をほぼ同じくして実施した世論調査によると、中国人民も日本国民もお互い「親しみを感じない」とする人が前回調査より大幅に増えている(いずれもほぼ10ポイント)という結果が出ています B

 

 温総理が記者会見で指摘した歴史問題に対する認識も、日中間では大きく異なっているようです。インターネットの普及も心理的距離の遠近に影響しているようです。中国では、インターネット上でアンケート調査や書き込みなどを通じて、経済問題が頻繁に論じられており、その結果、世論を形成することさえあります。

 日本関連はネット調査や書き込みを大いに賑わし、これまで、北京―上海間高速鉄道(日本の新幹線)発注問題、教科書問題、海洋資源開発問題、円借款打ち切り問題、日本の国連常任国入り問題などで、いずれも日本には厳しい結果が示されました。

 総じて、時間的距離は近づいているが、気持ちの方は離れつつあるというのが、今の日中関係の一側面といえるのではないでしょうか。

相対的地位は低下

 では、経済的距離はどうでしょうか。これは近づいたり遠ざかったりしています。2004年の日中経済関係をみますと、対外貿易では、過去11年間、日本は中国最大の貿易相手国であったわけですが、昨年は3位(EU、米国に次ぐ)に後退しました。

 一方日本にとって中国は、米国を抜き、財務省が統計を取り始めた1947年以降初めて、最大の貿易相手国(注3)となりました。因みに、日本の貿易総額に占める対中貿易の割合は16・5%です。

 対中投資では、日本は香港、バージン諸島、韓国に継ぎ第四位(2003年は第3位)の位置にあります。昨年実績では、過去最高の55億ドル(前年比7・9%増、実行ベース)で、対中投資全体のほぼ9%を占めています。

 現在の日中経済関係を一言でいえば、中国における日本の相対的地位は低下しているものの、日中両国は相互依存関係を深めているということになるでしょう。

「経熱」を下げないために
 日中関係の距離を測る「ものさし」(地理的、時間的、心理的、経済的)は、まだほかにもあるでしょうが、日中関係の改善、発展には経済的距離がカギを握っているのではないでしょうか。

 私はこれまでに、あまり馴染みのない中国の地方都市(都市周辺を含む)に進出している日本企業を40社ほど訪問しましたが、訪問の先々で、決まってする質問があります。それは、その地に進出した理由、現状、今後についてです。

 経営がうまく行っている企業から返って来る回答は決まって「地元政府が熱心に対応してくれる。地元の人たちが親切で気持ちが暖かい。従業員がよく働いてくれる。チャンスがあれば、地元でビジネスを拡大したい」というものです。

 進出は成功事例ばかりとは限りませんが、地方政府の指導者に会ったり、工場訪問したりしてその土地柄に触れ、まさに経済(ビジネス)交流が日中間の距離を近づけていることを実感しました。

 もう一つ、3月19日に開催された、主に中国人学生を対象にした「日系企業のための合同会社説明会」のことです。この説明会に参加した日系企業35社に対して実に650人の参加がありました。在中国外資企業人気ランキング調査などでは、日本企業は下位に甘んじていますが、実際は根強い人気があることを、今回の説明会の活況ぶりが物語っています。将来、彼らが日中間の距離を一歩も二歩も近づけてくれるでしょう。

 今の日中関係で、「政冷」が「経熱」に影響し、経済の熱が下がるのではと心配する人は少なくありません。しかし、中国各地でやりがいを感じる日本企業がさらに増え、日本企業に就職したいと思う中国の若者がさらに増える――そんな環境造りこそ、日中間の「距離」をさらに近づけ、21世紀のあるべき両国関係を構築するのに大きく関わっていることだけは確かでしょう。

 注1 今年3月の第10期全国人民代表大会後の記者会見での発言。

 注2 本誌2004年7月号、中国経済「中国がますます狭くなる」を参照下さい。

 注3 香港、台湾を含む大中華圏。(2005年6月号より)


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