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ジェトロ北京センター所長 江原 規由
 
 

「東慢西快」は何を意味するか

 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

   中国経済にちょっとした異変が起きています。今年の上半期、これまで中国の経済成長を牽引してきた上海市や広東省の成長率が鈍化し、内陸や環渤海経済圏の成長率が大きく伸びました。

   まず、上半期のGDP伸び率を見てみましょう。各省・自治区・直轄市の平均伸び率は12.6%です。

   伸び率上位5傑は、第1位が内蒙古自治区(前年同期比20%)、以下、山東省(15.4%)、天津市(14.5%)、江蘇省(14.5%)、河南省(14.3%)でした。これに対し、下位5傑は吉林省(8.5%)、雲南省(8.6%)、海南省(9.5%)、上海市(10.3%)、北京市(10.4%)の順となっています。

   最下位といえども8.5%ですから決して低い成長率とはいえませんが、鈍化率をみると、広東省が前年同期比10.5ポイント、以下吉林省(6.4ポイント)、北京市(5.0ポイント)、上海市(4.5ポイント)、雲南省(4.5ポイント)と、上海市や広東省が急速に落ち込んだことがわかります。(全国平均鈍化率2.3ポイント)

   上記以外の各省・自治区・直轄市の状況を加味すると、上半期に関する限り、成長の牽引役として中国の「北と内陸」が大きく寄与したことがわかります。上海市や広東省など成長牽引役の常連だった沿海の省や直轄市の成長率が鈍化したのと対照的に、内蒙古自治区や河南省など内陸の省や自治区が伸びた局面を「東慢西快」と言います。これは、中国の高度成長を可能にした1978年来の改革・開放政策採用以降、初めての事態です。

内外経済環境の変化

   なぜ、こうした局面が出現したのでしょうか。上海を竜の頭とする長江デルタ経済圏や広東省を中心とする珠江デルタ経済圏など(以下、沿海地区と称す)経済発展の先発地区では、昨年来、「民工荒」といわれる内陸からの出稼ぎ労働力の不足、電力不足、水不足、そして土地の使用制限など、それまでの成長過程においてほぼ無縁であった制約が、一気に表面化しました。

   沿海地区は4半世紀余の改革・開放路線の恩恵を受け、製造業や加工貿易を発展させ、中国経済の「火車頭」(機関車)の役割を果たしてきたわけですが、こうした制約を受け、機関車の火力が鈍り、スピード・ダウンしたといってよいでしょう。

   その背景には、世界的な資源価格の上昇、国家による投資制限などのマクロコントロール、工業用地の使用制限(注)などの土地利用見直し、環境重視策や福利厚生の充実など人間重視策によるコスト高、そして輸出戻し税率の引下げなど税制調整などがあります。こうした内外の制約要因により、それまで沿海地区が享受してきた比較優位性が発揮できない状況が出てきたのです。

   逆に、内陸各省・自治区そして沿海地区に位置する渤海経済圏は、こうした制約をそれほど受けない環境にあったといえるでしょう。

   例えば、労働力。都市化の進展、中部崛起(本誌9月号参照)など政府による内陸重視策、農業税の廃止、戸籍制度の見直しなど「三農」問題への積極的対応などで内陸の所得向上がはかられたことから、出稼ぎ労働力の沿海地区への移動が減ったことが沿海地区の労働力不足の一因を成しています。

   また、土地や水資源については、内陸は沿海に比べ豊富であるうえ、使用制限も厳しくないといわれます。筆者が環渤海経済圏周辺に進出している日系企業(約40社)を訪問した時のことですが、ほとんどの企業が決まって「ここには電力、水、労働力の不足はなく、問題が起った時には地元政府が親身になって相談に乗ってくれる。日本食やゴルフ場には不自由するが、上海や華南地区にない居心地の良さがある」と語っていました。

   さらに、世界的な資源価格の上昇で資源産地の多い内陸の省・自治区の資源価格が上がり、GDP成長率が押し上げられたという価格要因も、「西快」の原因の1つに数えられるでしょう。

陣痛とハネムーン

内蒙古のオルドスでは、カシミアのセーターの生産がオートメ化されている

   「東慢西快」は今後どうなるのでしょうか。結論からいますと、「東慢」は一時的な現象といってよいでしょう。「西快」は今後一層ペースを速める可能性が高いと思います。

   沿海地区には、インフラの充実、外資系企業を中心とする産業集積、資金力、技術力など過去の蓄積があります。これらは、今後、中国経済の発展にとって不可避な国際化に有利ですし、経済運営においてはややコスト高になるとしても、産業構造の高度化にも、製造業を支えるサービス産業などの新規産業の発展にもプラスとなります。現在、沿海地区は、経済の国際化(人民元の調整問題、FTA への対応などを含む)、産業の高度化、新規産業の発展などを前に「陣痛期」を迎えたと言えるでしょう。

   内陸はどうでしょうか。中国政府が精力的に推進している全方位の地域発展戦略の機会に乗じているといえます。いわば、経済発展への「ハネムーン期」にあるのです。

   しかし、「陣痛期」も「ハネムーン期」も長くは続きません。内陸発展の課題は、地域発展戦略のインフラ整備や外資系企業の導入など、比較劣位な分野が「ハネムーン期」にどこまで改善できるかに集約できると思います。同時に、沿海地区は「機関車」ですから、ここが失速すれば、まだまだ「貨車」たる内陸の成長もおぼつかないわけです。内陸の成長には、沿海地区との連携強化が必要ということです。

新疆ウイグル自治区にも大発展の機会

   「東慢西快」の現状に、日本企業のごく最近の対応を見てみましょう。まず、今年自治区成立50周年を迎えた新疆ウイグル自治区ですが、最近、日本の積水化学が現地企業をM&A (資本参加)し、区都ウルムチ市を根拠に中国国内のみならず中央アジアや東南アジア向けビジネスを展開しつつあります。同自治区は沿海地区の対極にあるわけですが、最近、環境関連ビジネスに積極的に取組んでいるほか、中―ロ間の道路建設・整備を予定するなど、周辺経済圏の拡大に熱心な姿勢を示しています。今や、これまでにないビジネスチャンスが醸成されつつあります。

   また、環渤海経済圏にあって成長著しい山東省の省都・済南市には、日本の伊勢丹が進出しました。さらに、上半期に成長率が最低であった吉林省では、今年9月、外資系企業の導入を主目的とした第1回中国・吉林北東アジア投資貿易博覧会が開かれ、多くの日本企業が出展・参加しています。

   今後、中国の経済は、資源・エネルギー、環境の制約やダンピング問題、人民元切り上げなどの国際化に伴う軋轢といった厳しい事態に直面することになると思われますが、節約型社会の確立、区域発展戦略による内陸経済の刺激策、環渤海経済圏の台頭、内需喚起策などが厳しい局面を緩和し、持続的経済成長の新たな基盤を築くと期待できます。(2005年11月号より)

筆者が訪問した遼寧省錦州市の指導者は、企業に産業用地を提供する場合、同等の土地を確保しなければならないが、河川が運ぶ土砂で毎年多くの新規土地が河口に出現するため、工業用地使用制限の心配はないと発言している。



 
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