女ごころに国境なし
――美容整形をめぐるトラブル
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
  中国弁護士。中国法学学術交流中心副主任。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院にて会社法などを研究。

   

  前回まで森脇先生と対談をしてきたのですが、今回から大西先生をお迎えすることになりました。

 大西 大西です。どうぞよろしくお願いします。

  大西先生は、今年の三月に北京にいらしたんですね。以前はどんなお仕事をされていたのですか。

 大西 一九九七年に弁護士登録しまして、それから東京の弁護士事務所で仕事をしてきました。そこでも中国関係の仕事をいくつか経験してきましたが、現地にも行ってみたいと言うことで北京にやってきました。

  中国関係の仕事を手がけられるようになったきっかけは、やはり出身大学の関係ですよね。

 大西 はい。実はもともとは東京外語大の中国語学科で中国語を学んでいたのですが、なぜか正しい「中国語道」を外れて弁護士になってしまったんですね。司法試験に合格したときは中国の仕事をやるなんて一ミリも考えていなかったのですが、やはり何かと縁がありまして、流れ流れて今に至っているわけです。

  経歴からみると、すごく勉強と仕事がお好きなんでしょうね。

 大西 うーん。貧乏ひま無しと言う言葉が一番あってると思いますが。

  まあまあ。そのうちいいことがあるかも知れませんよ。さて、それでは本題に入りましょうか。今日は日本でも中国でもすっかりお馴染みになっている「美容整形」についてお話しましょう。

 大西 美容整形ですか。日本ですと、一番ポピュラーなのは一重まぶたを二重にする手術ですかね。ほかにも女性のバストを豊かにするとか、女性向けの雑誌を読んでると広告がいろいろ出ていて面白いですよ。

  中国では、もともとの眉毛の形を変える手術がはやっているみたいですね。ほかにもしわ取りとか、ほくろ取りとか、豊胸とか、日本と同じような手術があるようですよ。

 大西 うまくいけばいいですが、失敗してしまう例もありますよね。そんなとき、患者さんはどうしたらいいか。このあたりの問題は、中国ではどうなっているんですか?

  たとえば、眉を描く手術をしてもらったら、お医者さんのミスで眉が二重になってしまった場合…。

 大西 そんなことあるんですかね?

  たとえば、ですから。この場合、患者は医師を裁判所に訴えて、損害の賠償を請求することになります。この場合の損害と言うのは、美容整形代として払った金額だけでなく、二つ目の眉を取るために更に手術したり、病院に行かなければいけなかったら、そういった治療費も含まれます。それから、治療に行くときの交通費などもありますね。

 大西 日本ですと、二つ目の眉を取ることができなくなってしまった場合には、たぶん後遺症に認定されますから、その分の損害賠償も請求できると思いますよ。それから精神的なショックも大きいですから、慰謝料も請求できると思います。

  中国でも慰謝料や後遺症損害賠償を請求できるでしょう。中国での損害賠償の問題点については、五月号と六月号で森脇先生と詳しくお話しています。

 大西 日本では後遺症損害や慰謝料の金額は、傷跡がどれだけひどいかとか、被害者がどんな職業に就いていたか、などによって変わってきます。その基準として過去の裁判例が大変参考になります。しかし、中国では日本ほど裁判例の蓄積がないようですね。

  その通りです。それから、資格が無い人が勝手に手術とかをしてしまうケースも問題です。中国の場合、法律で、美容サービスを、「生活美容」と「医療美容」に分けています。生活美容はエステやメイクのサービスですが、医療美容となると、二重まぶたの手術だとか、脂肪除去手術だとか、いわゆる美容整形手術が入ってきます。この医療美容を行う場合には、衛生部の審査と認可を受けて「医療機構開業許可証」という証書を貰わなければいけません。

 大西 なるほど。そういう許可証がないのに手術をしてしまったら、たとえ手術は成功したとしても、取締まりの法律に違反するだけでなく、患者に対する詐欺も成立しそうですね。ところで、トラブルを解決する場合に、裁判以外に何か方法はありますか?

  裁判をやらなくても、相手と話し合いをして、損害賠償の話がまとまればいいわけですよね。

 大西 いわゆる和解というものですね。日本ではこの方法で解決することが多いですね。

  最近北京市で、ある女性が美容センターで一万元(約十三万円=六月現在)の手術費用を支払って豊胸手術をしたのですが、感染症にかかってしまったという例があります。何度も病院にいくはめになり、最終的につめものを除去する手術をしたら「不明物質」がでてきたそうです。

 大西 一万元と言ったら普通の人にとっては大金じゃないですか。それに何ですか、その「不明物質」というのは?

  工商行政管理局という役所が調査に入った結果、その美容センターは許可された営業の範囲を超えて違法に営業していたそうです。しかもこの「不明物質」は、調べてみたところ、国が許可していない薬物だったということです。

 大西 このケースは解決できたのですか?

  結局和解をおこなって、病院での治療費や手術費用、それから慰謝料などの損害の賠償と言うことで、美容センターが合計二十四万元を支払うことでまとまったそうです。

 大西 運悪くトラブルにあってしまった場合には、こういう風に助けてくれる機関があるといいですね。

  でも、何と言っても一番肝心なのは、派手な宣伝にだまされたりしないよう、情報をきちんと集めて、よくよく考えてから病院などを選ぶことだと思いますよ。

豆知識                     
 美容サービス業界における様々な問題に対応するため、中国では最近、同業界への規制強化がすすめられています。担当の行政機関である衛生部と国内貿易総局は、共同で「美容サービス管理を強化することに関する通達」を発布し、医療美容については、美容店が医療美容を行う条件として衛生行政部門の発行する「医療機構開業許可証」の取得を要求し、生活美容については、中高級技術職や管理職に就く人はすべて任職資格証書の取得が義務付けられると規定しました。また、国内貿易総局は、今後、美容サービス業の開業基準と等級制度を設けて規制を強化する予定です。(2000年9月号より)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。