出会いは別れの始まり?
――中国の離婚問題@(手続編)
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
  中国弁護士。中国法学学術交流中心副主任。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院にて会社法などを研究。

   

 大西 弁護士というのはあまり縁起のいい商売じゃないなと思うことがあります。

  いきなりどうしたんですか?

 大西 先日友人の結婚披露宴に出席したのですが、やっぱり一般の人の感覚からすれば「弁護士」といえば「離婚」ていう感じがするじゃないですか。だから、私が出席すること自体、たとえば結婚祝いにはさみをプレゼントするようなものかなと。はさみ自体に悪気はないんですけどね。

  それは考えすぎでしょう。だったら弁護士同士の結婚披露宴なんてどうなるんですか。新郎新婦も仲人も来賓もはさみだらけですよ。

 大西 そりゃそうですね。というわけで、今日は離婚についてお話したいと思います。

  中国は従来から離婚率が高いと言われてきましたが、近年も増加傾向にあります。ちょっと古い数字ですが、一九九〇年から九四年までの間の離婚件数は約九十万件で、結婚総数の一〇%を占めるという統計があります。

 大西 中国の離婚率が高いのは、女性が経済的に自立できているからだと思います。日本は離婚率が低いと言われてきましたが、近年では七分に一件のペースで離婚が成立していると聞いたことがあります。

  日本の人口は中国の十分の一くらいですから、それは小さな数字ではないですね。

 大西 私も仕事でお客さんといっしょに区役所に離婚届けを提出しに行ったことがありますが、受付に次から次へと人が来て離婚届け用紙を受け取っているのには驚きました。一人で来る女性もいれば、余計なお世話だけど「何を今さら?」と言いたくなるような老夫婦が揃ってやってきたり、さまざまですよね。

  まず、中国の場合どういう法律で規制されるのかというと、『婚姻法』という法律が結婚関係全般について定めていて、その第四章で離婚について規定しています。

 大西 日本では、民法の一部に離婚に関する条項が入っていますね。もちろん、条文を読めばたちどころに問題が解決するわけではなく、争いになった場合には多数の判例を参照して、妥当な結論を導かなくてはなりません。

  「離婚」と一口に言っても、法的に解決しなければならない問題点はたくさんありますね。これは日本でも中国でも同じだと思います。まず、第一に、離婚するのかしないのか。第二に、結婚している間に作り上げた財産をどう分けるか。第三に、たとえば亭主の浮気が原因で離婚する場合、奥さんに対する慰謝料をどうするのか。

 大西 それから、未成年の子供のいる夫婦の場合には、子供をどちらが育てるか、いわゆる「親権」の問題もありますし、養育費をどう負担するかという問題もあります。

  これだけいろいろと面倒くさいと、離婚するにはかなりのエネルギーがいりますね。ものぐさな人だったら、もういいや、という気持ちになるかも知れませんね。

 大西 ですから、いやな相手と一緒に生活することに費やすエネルギーと、離婚するのに必要なエネルギーとを比べて、前者の方が大きいと言うことになったら離婚へむかうことになるんでしょうかね。

  しかし、今話したのは法律上の問題だけで、親戚、友人、同僚などの人間関係への対応も含めたら、とんでもなく大変なことになりますよ。

 大西 まあ先生は夫婦円満、私は独身ですからどっちみち心配はないですよね。

  それで、いざ離婚するとなると、具体的にアクションを起こさなければなりません。日本では、離婚の手続はどうなっているのですか?

 大西 まず当人同士の話し合いで、離婚することやその他の問題の処理方法を決めた場合には、離婚届にお互いが署名して市役所や区役所などの戸籍係に提出すればそれで済んでしまいます。これは「協議離婚」と言われています。話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に調停を申し立てて、調停委員と一緒に話し合いをします。それでもまとまらなければ、地方裁判所で裁判をしなければなりません。

  中国では、お互いに話し合ってまとまれば、「街道弁事処」というところに行って離婚の届け出をし、結婚証明書は返却して離婚証明書をもらいます。まとまらない場合には、人民法院(裁判所)で裁判をすることになります。

 大西 離婚証明書なんてものがあるんですね。それから、日本では、裁判をする前に必ず調停をしなければいけないことになっているのですが、中国ではどうですか?

  中国では婚姻法第二五条で、関連する機関による調停を求めることもできるし、人民法院に訴訟を提起することもできるが、人民法院が訴訟を審理する際にはまず調停を行わなければならないと規定されています。つまり、いずれにせよ、判決の前に話し合いが必要だということです。

 大西 なるほど。裁判には時間はかかるのでしょうか?

  新聞にこんな記事が出ていました。現在、北京市の人民法院では簡単な手続で離婚の裁判を行うことが多く、たったの二十分で離婚の判決がでてしまうケースもあるとのことです。数十年も続いた結婚を、ほんの数十分で終わりにしていいのかどうか。あんまりあっさり離婚してしまうと、後で後悔することがあるのではないでしょうか。当人同士も戸惑うケースがあるとのことです。

 大西 日本ではまちまちですね。当人同士の話し合いがついているケースなら市役所に行って終わりですし、裁判までやったら二年くらいはかかるでしょう。

  中国でも『婚姻法』について、離婚に関する条項を補充してもっと厳格な手続にし、当人同士がよくよく考える時間を確保すべきだとの意見が出されています。

 大西 ただ、日本流の手続は、一秒でも早く離婚したいのに、話し合いでは絶対にまとまらないということがすでにはっきりしている場合には、離婚したい一方は非常にいらいらするそうですよ。

  離婚は夫婦間の問題ですが、だからといって自分一人で悩んでいては冷静に判断することが難しくなってしまいますから、そういう事態になった場合には、恥ずかしがらないで信頼できる家族や友達に話をして、落ち着いて対応できるようにすべきだと思いますよ。

 大西 一人で悩まないで、周りの人に助けてもらった方がいいということですね。 出会いは別れの始まり?

豆知識                     
 中国でも日本でも、離婚にあたっては調停の手続が重要な地位を占めています。本文中に出てくる「関連する機関」による調停とは、裁判所ではなく、当事者の所属する単位や団体による調停をいいます。これらの機関は、当事者の事情について詳しく理解しているので、実態に合った適切な調停を行うことができるとされています。

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。