出会いは別れの始まり?
――中国の離婚問題A(理由編)
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   

 大西 鮑先生はインターネットを使っていますか?

  もちろんですよ。私の場合、メールはもちろん、調べものをするためにいろんなホームページを見ています。お客さんとのやり取りもメールを使うことが多いです。

 大西 私も今はメールがないと仕事にならないです。逆の言い方をすれば、メールがなければもっと仕事をさぼれるのに、とも思いますけど。そして、中国にいても日本の情報が好きな時に好きなだけ取り出せるから、仕事にうんざりしたときなんか、ついつい、転職先紹介サービスのホームページをあちこち見たりしてますよ。

  相当疲れていますね。そんな時はとりあえず寝てしまうのが一番ですよ。

 大西 確かに。寝ている間に誰かが仕事をやってくれているかも知れませんからね。ところで、中国語でインターネットは何というのですか?

  「互(フー)聯(リエン)網(ワン)」という言葉が一般的で、法律の題名にもこの言葉が使われています。音訳ではなくて、意味で訳したわけです。

 大西 一般的にいって、今、インターネットはどの程度普及しているんでしょうか?

  公的機関である「中国互聯網絡信息中心」が二〇〇〇年七月に行った発表では、同年六月の時点で、中国のインターネット人口は千六百九十万人に達しているとのことです。年代別では、十八歳から二十四歳までが全体の約四七%、三十五歳までを含めると全体の約八六%になります。

 大西 なるほど。インターネット接続サービスを提供する業者、いわゆる「プロバイダー」の数も増えていますよね。

  そうですね。テレビのコマーシャル、バスの車体一面に人気歌手を使った広告を出したり、街頭宣伝したり、とても派手だからいやでも頭に入ります。

 大西 日本の場合、インターネットで最も利用されている用途は電子メールだと思いますが、中国ではどんな風に利用されていますか?

  日本と似ています。電子メール、情報の検索、ソフトのダウンロード、チャット、買物などなど、さまざまな用途で使われています。

 大西 なるほど。いろいろな用途で使われているから、法律に関する問題もさまざまとなりますね。インターネットで発表された文章や音楽の著作権の問題とか、インターネットを利用した買物のトラブルとか、わいせつなホームページの問題とか。

  こう言ったトラブルについては、中国の法律で言えば、著作権の問題なら『著作権法』、買物のトラブルだったら『契約法』あるいは『民法総則』や『消費者権益保護法』を適用して処理することになります。

 大西 インターネットにかかわるトラブルの中で、裁判まで発展したものはありませんか?

  いろいろあります。例えば、二〇〇〇年十月に、ドメインネームに関連して面白い判決が出されました。

 大西 ドメインネームって、インターネットに接続している企業などの組織につけられる名前で、要するにインターネット上での住所みたいなものですよね。例えば私がホームページを作るとしたら、「Onishi」という文字を入れて、見る人がわかりやすく、覚えやすいようにするのが普通です(注参照)。ところで、ドメインネームは、中国語ではなんと言うのですか?

  「域(ユー)名(ミン)」と言います。これも意訳です。

 大西 ストレートと言うか、ひねりも落ちも全く無いと言うか。ドメインネームのトラブルと言えば、良くあるのが、有名な会社や商品の名前を、それらの会社や商品とは全然関係無い会社がドメインネームとして登録してしまったというケースです。

  そうですね。ドメインネームの登録は、基本的に「早い者勝ち」の世界ですから、ボーッとしていると先を越されてしまうことがあるわけです。

 大西 日本の場合、裁判で争うことはコストも時間もかかるし、ケースによっては勝てるかどうかも微妙になってきますので、手間を省くためにお金を出してドメインネームを買いとってしまうことが多いと思います。

  中国でもそういう解決例はあると思いますが、これから紹介する事例は、裁判で争ったケースです。国際的大企業であるプロクターアンドギャンブル(P&G)社が、一九九四年に、中国で「Safeguard」という商標を石鹸などの製品の名称として登録したのですが、一九九九年一月、上海のCという会社が中国互聯網絡信息中心に「Safeguard.com.cn」というドメインネームを登録してしまったのです。P&G社は、これを明らかに悪意による登録で不正競争行為にあたるとして、上海第二中級法院に訴訟を提起しました。

 大西 判決はどういう結論になりましたか?

  P&G社の主張を認めて、C社のドメインネームの登録を無効とし、直ちに使用を停止して取り消すべきとしました。その理由は、商標登録されている名前をドメインネームとして登録した場合、多くの消費者がその名前のホームページを訪れることになり、これはP&G社が苦労して獲得したブランドイメージを勝手に利用して利益を得ることで、中国の『商標法』及び『不正競争防止法』の精神に反するということでした。

 大西 しかし、このように、「他人のブランドにただ乗りする」というケースは多いのでしょうか?

  先ほど、お金で買い取る解決法という話をしましたが、これを狙ってドメインネームを取得してしまうケースもあります。例えば、新疆ウイグル自治区のある有名企業が、とあるインターネット関連企業から「おたくの会社の名前で既にドメインネームを登録してある。これを譲ってほしければ代金として十万人民元出しなさい」と持ちかけられたというニュースが紹介されていました。中国では、このような業務を行っている業者がたくさんあるということです。

 大西 ずいぶんといやらしい「業務」もあったものですね。

  その中で最も有名な業者は、過去三年の内に中国における一級のドメインネームの約一〇%を取得してしまったそうです。これらのドメインネームには、先ほど紹介したP&G社、化学繊維のデュポン社、家電のフィリップ社など、国際的大企業の商品と同じものが多数含まれているとのことです。そして新疆もこういった業者のターゲットになっていて、「西部大開発」「新疆旅遊」「新疆風情」などの言葉が既にドメインネーム登録されているそうです。

 大西 今、中国は西部地区の開発に大きな力をそそいでいますから、「これはいける!」と思って早速登録したんでしょうね。

  現状では、このような行為に対しては『不正競争防止法』などで対処するわけですが、もっとストレートに、悪質な行為を取り締まるために、より効果的な法律の制定を検討する必要があるかも知れません。

 大西 ズルをする人がいればそれを懲らしめる法律が必要になる。それは結局制約が増えることで、世の中がどんどん窮屈になっていくんですね。

  みんなが節度をもって行動して、法律でがんじがらめになる必要の無い社会ができれば理想的ですね。  大西 そうなったら我々は失業ですか…。転ばぬ先の杖ではないですが、早速、インターネットで新しい仕事を探してみましょうか。 (2001年1月号より)

(注)…例えば『人民中国』雑誌社には、「peopleschina.com」というドメインネームが割り当てられています。

豆知識                     
 中国においてプロバイダーの数が飛躍的に増えていることから、政府はプロバイダー管理に関する法律の整備に力を入れています。二〇〇〇年九月末には、『電信条例』と『互聯網信息服務管理弁法』を公布して、プロバイダーを国家の管理下におく具体的な手続を規定し、プロバイダー業務を行うに際して政府の許可を受けることを要すると定めました。

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業後、97年に弁護士登録。2000年6月より、アンダーソン 毛利法律事務所北京事務所常駐代表。