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熱い! 中国の株式市場 ――トラブル裁く証券法 |
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大西 鮑先生、お金を効率的に増やす方法は無いでしょうか? 鮑 うーん。少なくとも、日本の銀行に預けていたら雀の涙ぐらいの利息しかつかないから、全然駄目ですね。 大西 そうそう。日本の銀行に預けるぐらいだったら、壷にでも入れて毎晩眺めている方がリッチな気分になってまだましかも知れません。 鮑 それはむしろ気味が悪いと思いますが…。財テクと言えば典型的なのは株取引ですから、今日は中国の株取引について少しお話しましょう。中国語では、株券のことを「股票」、投資のために売買することを「炒股票」と言います。売り買いが繰り返される様子が、中華鍋を振って炒め物をする動作を連想させるからだと思います。 大西 中国で最初に株式が発行されたのは意外と古くて、十九世紀の中頃だそうですね。 鮑 そうです。面白いことに、中国の株の取引会は茶会に起源があって、当時の取引は茶館で行われ、人々はお茶を飲みながら株売買の商談をしていたそうです。しかし、一九五〇年頃には、政治や経済体制の変化により株式は一旦姿を消したのです。その後、八〇年代に入って株式会社が再び登場し、一九九〇年には上海証券取引所が、翌年には深ロレ証券取引所が開設され、今に至っているわけです。 大西 中国の株式市場は順調に発展し、現在の時価総額は四兆元(約五十二兆円)にものぼるということですね。 鮑 私の実家は上海で、親戚もみな上海にいますが、元々上海人は商売が上手で、また取引所があることも手伝って、株取引に夢中になっている人が多いです。このように株式投資をする個人投資家は「股民」と呼ばれています。 大西 株式に関係する法律としては、一番基本的なものは一九九八年に公布・施行された『証券法』ですね。これは、日本の『証券取引法』と同じような位置付けという理解でいいのでしょうか? 鮑 だいたいそのとおりです。株式会社の構造などについては『公司法』が規定していますが、いわゆる株券の発行・取引の手続きや証券会社に対する規制などは『証券法』が規定しています。株式市場や証券会社の管理監督を行う政府機関は中国証券管理監督委員会といい、トラブルが起きた場合にこれを調査・監督する役割も果たします。 大西 証券管理監督委員会の役割は重要ですね。日本にも証券取引等監視委員会というのがあり、インサイダー取引で刑事罰を受ける弁護士がいたりして、不祥事があった場合重大ニュースになることが多いです。 鮑 『中国証券法』でもインサイダー取引、市場操作、情報の不公開または虚偽の情報の公開などが明文で禁止されています。 大西 行政処分などの実例はあるのでしょうか? 鮑 インサイダー取引、中国語では「内幕交易」と言いますが、この実例を紹介しましょう。一九九四年に、L食品株式会社で、章さん、李さんという二人の人が董事(取締役)に就任していたのですが、彼らはL食品株式会社に巨額の不良債権が発生したことを知り、すぐに自分たちが持っていたL食品株式会社の株を売ってしまったのです。彼らが合計一千株を一株二十三元で売却した後に不良債権発生のニュースが公表され、株価は一株十五元まで下がりました。 大西 そのような場合、行為者はどのような処分を受けるのですか? 鮑 この件では、証券管理監督委員会が調査をした後、二人の行為が「内幕交易」に当たると認定し、章さんと李さんの違法所得八千元(売却時の株価と下落後の株価の差額×一千株)を没収し、更に罰金六万元を科した上で、L食品株式会社に対して彼らを処分するよう勧告しました。この当時はまだ『証券法』は存在していなかったのですが、今は『証券法』一八三条の規定により、違法所得の没収と罰金を科すこととされています。また、『刑法』一八〇条は、「内幕交易」のうち、悪質なものに対して違法所得の没収、罰金に加えて懲役刑を科すことを規定しています。 大西 ほかには、証券会社とその顧客との間のトラブルも多いですね。例えば、証券会社がお勧めだという株を買ったら大損してしまった場合とか、顧客が指示を出してないのに証券会社が勝手に取引してしまった場合とか。 鮑 中国の判例で、一つ面白い例を紹介しましょう。上海証券取引所での出来事ですが、張さんという人が、朱さんという人に「Z電子」という銘柄の株式の買い付けを依頼しました。朱さんは、張さんが取引口座を持っているS証券会社に行って申し込み用紙に張さんの名前を記入し、買う株数を「一一〇〇〇〇」と記入したのです。しかし、S証券会社の仕事はいいかげんで、取引口座の残高も、窓口にきた人が本当に張さんなのかどうかも確認しないで、そのまま買い付けの手続きをして、張さんはZ電子の株を合計十一万株購入したという形になりました。しかし、その後、朱さんは、なんと間違えてゼロを一個多く書いたことに気づいてしまいました。張さんの口座の残高は一万一千株分までしか無いので、九万九千株分の代金が払えないことになります。 大西 そんなことが起きることもあるのですか。普通は証券会社が残高をチェックするでしょうから、確率は低いでしょうね。 鮑 朱さんが慌ててS証券会社に事情を説明したところ、取り消しの手続きはできないからとにかくすぐに九万九千株を売却して不足分を返済してくれといわれました。朱さんは張さんにも事情を説明したのですが、張さんはこの機会を悪用して、九万九千株の一部をほかの証券会社で売ってその代金を持ち逃げしようと画策したのです。しかしそれは失敗し、結局上海証券取引所が間に入り、残りの株の売却手続きをS証券会社が処理するよう指導しました。そこでS証券会社は株の売却手続きをしたのですが、あいにく株価が下がっており、多額の損失が出てしまいました。そうしたところ、張さんはS証券会社に対し、S証券会社のやり方がまずかったからこのような損失が発生し、張さんが負債を負う羽目になったことを理由に、S証券会社に損害賠償を請求したのです。これに対し、S証券会社は、張さんが口座残高以上の代金を支払っていないので事実上この損失をS証券会社がかぶっており、なおかつS証券会社が負担すべき損失ではないので、逆に張さんに対し損害賠償の請求を求める反訴を提起しました。 大西 株価の下落により生じた損失を誰が最終的に負担するかという点で対立したわけですね。裁判所の結論はどうなったのですか? 鮑 S証券会社の主張を認めて、張さんが損失を負担すべきであるとし、S証券会社に対しその部分の支払いをするよう命令しました。 大西 なるほど。株式の取引もそう簡単ではないですね。一九八七年十月に「ブラック・マンデー」が発生して、これを境に日本の景気は下降していき、いまだに回復していないくらいですからね。 鮑 ニューヨーク市場の大暴落ですね。中国語では、「黒色星期一」ではなく、「十月大出血」と訳されることが多いようです。 大西 とかく人は自分の失敗を話したがらないので、儲かったという話ばかり聞くことが多いのですが、実際には自分が「出血大サービス」することになってしまうケースも多いから、ほどほどにしてバランス良く財テクしていく方が良いでしょうね。 (2001年2月号より) 豆知識 |
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大西 宏子 (おおに しひろこ) 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。 |