中国に行こう! 日本に行こう!
パスポートとビザは忘れずに
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   

 

  日本はもうすぐ夏休みですね。中国には夏休みは無いのですが、大西先生は日本で休めるのでしょうか?

 大西 去年は夏休みなしで、今年のゴールデンウィークも休めなかったので、夏休みぐらいは何とかしたいです。

  『人民中国』の読者の中にもいらっしゃると思いますが、夏休みに中国に行く日本人も多いでしょう。近年、中国を訪れる外国人旅行者のトップは日本人だということです。しかし、特に海外旅行となると、意外と法律にまつわる話も出てくるものです。そこで今日は海外旅行についてお話してみましょう。

 大西 わかりました。まず外国に行くときに絶対に忘れてはいけないのが旅券(パスポート)ですね。それから行き先によって、査証(ビザ)が必要な国もあります。旅券は、自分の国が発行してくれる身分証明書で、査証は、行き先の国が発行してくれる入国許可証というイメージでしょう。

  査証については、自分の国と行き先の国との間の条約などにより、一時的な観光であれば不要で、旅券さえ持っていけば良いという場合もあります。今、日本人が中国に来るためには、観光目的であっても査証が必要ですね?

 大西 そうです。例えば日本人がイチローや佐々木投手を応援するためにアメリカのシアトルに行く場合、査証が無くてもアメリカに入国できますが、万里の長城を見に行く場合には、駐日中国大使館が発行する査証を貰ってから行かなくてはならないわけです。逆に、中国の人が日本に来る場合も査証が必要とされていますよね。

  そうです。実は、以前は、中国人に対しては観光目的の査証は発給されず、出張や留学等の用事が無い限り日本に行くことはできませんでした。しかし、昨年秋から査証発給の条件が緩やかになり、観光目的でも査証が発給されることになりました。

 大西 ディズニーランドや浅草にまず行って、新幹線の窓から富士山を見て、京都まで足を伸ばし、帰りは秋葉原によって買い物というのが人気コースらしいですね。

  しかし、査証の話はさておき、旅券といえば、先ごろ、某国の偉い人の長男と名乗る人が偽造旅券を使って日本に入国しようとして、強制退去させられた事件がありましたね。日本と国交が無い国の人物だったために、この人は北京経由で帰国したそうで、私としても印象に残っている事件です。

 大西 そうそう。この人が乗せられた成田発北京行きの飛行機に友人が偶然乗り合わせました。この人だけ二階建てジャンボの二階に乗せられていて、顔は見えなかったそうですか。飛行機は無事北京に着きましたが、乗客の中には「本当に目的地へ着くのか?」なんて半分本気で心配していた人もいたそうです。

  ・・・ご友人は貴重な体験をされましたね。このときに日本政府が取った対応には賛否両論があるようですが、法律はどうなっているのでしょうか?

 大西 『出入国管理及び難民認定法』という法律に基づき、有効な旅券を持っていない外国人は入国資格が無いことになります。そのような容疑がかけられた場合、身柄を拘束され、入国警備官や入国審査官等による審査を経て、やはり入国資格がないことが確認されれば強制送還されることになっています。言ってみれば門前払いですね。ですからこのケースでも審査の後、強制送還ということになったわけです。しかし、不法入国に関して言えば、このような処分の他に、「三年以下の懲役もしくは禁固又は三十万円以下の罰金」という刑事処分も法律により準備されており、どちらで処分するかは審査の結果で決めることになっています。

  このケースでは、入国手続をする時点で旅券が偽造であることが発覚したわけですから、いわゆる未遂にとどまるのでしょう。ですから、他のケースと比較してもひどく悪質という訳ではないという判断で、強制退去の処分のみを行ったのではないでしょうか。

 大西 恐らくそうでしょうね。では、反対に、例えば私が旅券を持たずに、長崎あたりからボートを漕いではるばる上海の港にやって来た場合、いったいどうなるのでしょうか?

  とりあえず、「奇怪的日本人」ということで、中央電視台のニュースには出られるんじゃないでしょうか。それはさておき、中国でも、有効な旅券を持っていない外国人に対しては『外国人出国入国管理法』という法律に基づいて強制送還の処分がなされます。

 大西 なるほど。しかし『人民中国』の読者の皆さんが偽造旅券を持って、あるいはボートを漕いで中国に行くとも思えませんから、この話題はこの程度にしておきましょうか。やっと中国に着いたとして、旅行者が特に気をつけるべき法律というのはあるでしょうか?

  中国でも日本でも、法律で禁じられていることはあまり変わらないのです。ですから、日本で禁じられていることは中国でももちろんできない、ということに尽きるのではないでしょうか。

 大西 おっしゃる通りですね。敢えて言えば、前にもお話したことがありますが、偽ブランド商品を買うことはれっきとした法律違反です。お土産にエルメスやセリーヌのニセモノネクタイ、なんて恥ずかしいことは謹んでいただきたいですね。それから、例えば中国旅行中に、借りた自転車に乗り、つい調子にのって信号を無視したら人にぶつかって、打ち所が悪く大怪我をさせてしまった場合、どうなるのでしょうか?

  その場合には中国の法律に基づいて、この人に医療費や休業損害等の賠償をしなければなりません。更に注意しなければならないのは、自分は旅行者だからなどと言って賠償をしないでほったらかしにしていたら、裁判を提起されて、その結果中国から出られなくなってしまうということもありえます。

 大西 それは、出国を制限されるという意味ですか?

  そうです。中国の法律によれば、外国人が民事訴訟の当事者となった場合に、この外国人が訴訟で敗訴して負担することになる責任の追及を出国によって免れることを防止するために、人民法院(裁判所)はこの外国人の出国を制限することができます。制限の方法としては、口頭や文書による通知、保証金の提供を命じてこれを提供できない場合に出国を制限する、パスポートを差し押さえる等の方法が存在します。このような制限を行うかどうかは人民法院がケースに応じて決めることであり、常に出国を制限されるというものではありませんが、そういう可能性もあるということに注意しなければいけません。

 大西 「帰国してしまえばこっちのもの」というわけにはいきませんよ、ということですね。このケースとは逆に、旅行者がトラブルや犯罪の被害者になることもあります。中国の都市の中には治安が良いとはいえない場所もあります。そのような所では、片言の日本語を使った寸借詐欺(すぐに返す、と言って金品をだまし取ること)や、果ては強盗にあうケースもあるようですから、十分気をつけなければいけません。中国で運悪く犯罪の被害者になった場合には、どうしたらいいのでしょうか?

  これも日本と同じで、まずは警察に届け出ることでしょう。それで犯人が捕まるかどうかはわかりませんが、泣き寝入りをするのはいけません。昏睡強盗(飲み物などに睡眠薬を混ぜ、眠り込んでいる間に金品を奪い取ること)にあって有り金を全部無くしてしまい、中国に知り合いもいないという場合には、警察の人に頼んで、大使館や領事館に何とかして連絡を取り、保護をお願いするしかないでしょうね。  

 大西 いずれにしても、不慣れな土地に行くときは、怪しげな場所には近づかないのが一番ですね。外国旅行に行くと、好奇心や開放感に誘われるのか、日本では近づかないような場所に行ってみたり、やれないようなことをしてしまい、あげくの果てに警察や日本大使館の厄介になる人もいるようですが、「旅の恥はかき捨て」というのは絶対に止めてもらいたいですね。外国に行って日本人がかく恥は「日本の恥」ですから。どうしてもやりたければせめて日本で、と言いたくなりますね。

  大西先生からこんな愛国主義的な言葉を聞いたのは初めてですよ。

 大西 にわかに日本びいきになったところで、先生の好きな鮭塩焼き定食を食べに、日本料理屋にでも行きましょうか。私は旅行気分を出して、おにぎり定食にするかなあ。(2001年7月号より)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。