![]() |
![]() |
祝 北京オリンピック開催決定! では、法律は? |
![]() |
|
大西 2008年のオリンピックは北京で開催されることがとうとう決まりましたね。北京の人たちもみんな喜んでいるようですね。日本から北京までは四時間も飛行機に乗れば行けるから、日本からもたくさんの人が観戦しに行くのではないでしょうか。 鮑 中国では初めてのオリンピックが実現するということで、うれしいことはうれしいのですが、そのための準備をきちんとしなければいけないなとあらためて思っているところです。 大西 オリンピックの時期になると、自分の知り合いが出場しているわけでもないのに、みんなテレビをかかさず見て、たいていは自分の国の選手を応援しますよね。 鮑 オリンピックはスポーツの祭典で、本質的には俗世間とはあまり関係無いものなのかも知れませんが、世界中の人々の注目を集めるものですから、法律が絡むことも結構あるのです。世界各国のテレビで放送するときの放送権とか、契約を締結しなければいけない場合とかも、とても多いのです。そこで、今日は中国の法律とオリンピックとの関係について紹介していきましょう。 大西 その前に、基礎知識として、中国とオリンピックとのかかわり合いについて、簡単に教えていただけますか? 鮑 歴史を見てみますと、1894年の第一回大会では、国際オリンピック委員会(IOC)が中国にも招待状を出したのですが、当時の清朝政府はオリンピックがそもそも何なのかわからなかったので返事を出さず、それきりになってしまったそうです。その後、日本の妨害を受けながらも、1932年の第十回大会に、国民党政府が選手団を派遣して、初めての参加を果たしたのです。その後、第二次世界大戦による中断や、1952年から1979年までの間は中国オリンピック委員会からの選手派遣が全くなされなかったのですが、その後復活し、昨年のシドニーオリンピックでは、金メダルを二十八枚も獲得するなど、中国選手は大活躍しました。日本やその他の国と同様に、中国にも「中国オリンピック委員会」(COC)があり、国際オリンピック委員会による承認のもとに、中国のオリンピック参加に関する事務手続きを担当しています。 大西 大変な時代もあったけれど、今は世界最高レベルの選手団を派遣するまでになったということですね。ところで、ここ十数年の間に、オリンピックに絡んだ宣伝や広告が増えて、「オリンピックでビジネスをする」というやり方が定着してきたように思いますが、それに関係するトラブルも必然的に出てきますよね。中国ではどうですか? 鮑 有名な裁判例がありますので紹介しましょう。汕頭市金味食品工業有限公司という会社が、1996年から、IOCやCOCに無断で、オートミールの袋にオリンピックの五輪マークを印刷して売り出しました。その後もやはり無断で、北京西駅に大きな屋外広告を出したり、テレビCMでも五輪マークを使ったりしていたので、1997年12月、COCが金味食品に対して、五輪マーク使用の差し止め、公開謝罪、500万人民元の損害賠償等を求めて、北京市高級人民法院に裁判を提起したのです。 大西 COCの主張が認められるためには、COCが五輪マークについての権利を有していなければならないはずですが、その点はどうだったのでしょうか? 鮑 中国では、IOCが五輪マークの商標登録を済ませているので、IOCが商標権者として金味食品に対して損害賠償などを求めることができるのは明らかです。しかし、COCは商標権者ではないので、原告となることはできないのではないか、という反論が金味食品から出されました。 大西 それって屁理屈だと思いませんか? 鮑 法律的にはとても筋が通っている主張ですから、屁理屈とか言ってはいけませんよ。しかし、この点について、人民法院は、『オリンピック憲章』及びIOCからの授権に基づいてCOCは中国において権利侵害訴訟の原告となることができる、と結論づけ、金味食品は、COCに対し、500万人民元の損害を賠償せよと判決しました。 大西 COCの全面勝利というわけですね。 鮑 しかし、この話にはおまけがあって、金味食品は、裁判で「第26回オリンピック中国体育代表団経費徴収委員会」なる団体を発行者とする「五輪マーク使用許可証」を証拠として提出してきました。金味食品はこの団体に6万5000人民元を支払って、五輪マークの使用許可を得たというのです。しかし、調査の結果、その様な団体は存在せず、使用許可証に押されていた印章などもみなニセモノであることがわかったのです。 大西 ということは、金味食品は詐欺にあっていたのですか。騙されたあげく、商標権侵害のレッテルを貼られて、これまで作った看板やCMは使えなくなるし、COCへの損害まで賠償しなければならないなんて、踏んだり蹴ったりですね。しかし、やはり、事前に権利関係をきちんと確認するべきだったのでしょう。 鮑 オリンピックだけの問題ではないのですが、スポーツ競技で、中国で以前から問題になっているのが、ドーピングの問題です。 大西 試合前に興奮剤などの薬物を服用してはいけない、という制限の問題ですね。中国の選手についても、数年前に、女性の陸上長距離選手などが大量に処分されたケースがありましたよね。中国の法律ではどのように取り扱われているのでしょうか? 鮑 まず、スポーツについての根本原則となる『体育法』という法律があり、その法律の第34条二項で、「体育運動において、使用を禁止されている薬物及び方法の使用を厳格に禁止する」と明確に規定しています。さらに、1999年に公布された『体育運動において興奮剤を使用する行為を厳格に禁止することに関する規定』により、処罰の内容が詳細に定められています。具体的には、興奮剤の種類とこれまでの違反の回数によって処罰の程度を決めることとされており、例えば、一級興奮剤について初めて陽性と判断された選手は、少なくとも二年の試合出場停止及び最高で八万人民元の罰金を科されるのですが、さらにもう一度陽性と判断された場合には、一生試合に出場できなくなります。また、選手だけでなく、そのコーチも出場停止や資格取り消しの処分を受けることとされています。 大西 実際の運用の結果はどうなっているのでしょうか? 鮑 1990年から1999年の間に、中国国内のドーピング検査では合計123名の選手が検査の結果陽性と判断され、相応の処分を受けているということです。昨年のシドニーオリンピックの直前にも、200メートルメドレー水泳の世界記録保持者の中国人選手について、検査の結果陽性だったということで、中国水泳協会から四年間の出場停止処分を受け、オリンピックに出場できなかったという事例がありました。処分を受けた選手たちの中には、風邪薬を間違って飲んでしまったというようなケースもあるはずですが、そういった点も含めて自己管理しなければいけないわけです。 大西 私の場合、睡眠時間を削って深夜まで仕事することがしょっちゅうで、眠気覚ましにコーヒーや栄養ドリンクを飲んでいますから、検査でもされたらたぶんアウトですね。でも、いっそのこと出場停止処分をもらってゆっくり休みたい気もします。 鮑 そういうときは、むしろ休む方向で自己管理しなければいけませんよ。オリンピック選手でなくたって、体が資本ですからね。 (2001年9月号より) |
|
大西 宏子 (おおに しひろこ) 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。 |