ドラッグ犯罪で死刑!?
中国の違法薬物取締法
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   


  早速ですが、今回はいわゆる「ドラッグ」、違法な薬物についてお話しましょう。

 大西 違法薬物は中国でも日本でも根深い問題ですから、面白い話になりますね。それにしても、今日はまたずいぶんと単刀直入ですね。

  知らないんですか? 今月から法律のページもレイアウトの都合で文字数が減るんですよ。すぐに本題に入らないと話が終わりません。

 大西 ??……ということは我々の原稿料も……いやいや、この問題はあとでじっくり検討しましょう。さて、日本では、違法薬物と言えば覚醒剤が圧倒的に多く、その他にもマリファナ(大麻)やヘロインなどさまざまな薬物が乱用されています。中国ではどうですか?

  違法薬物は、まさに「国際的な商品」といえるでしょうね。中国でも、多くの違法薬物が乱用されており、日本にあるものは中国にもたいていあるようです。ただ、中国で一番人気があるのは「海洛因」(ヘロイン)で、1999年の統計によると、違法薬物使用者全体の71・5%をヘロイン使用者が占めているそうです。ヘロインは、けしの実から作られる「アヘン」を加工して、作用をさらに強力にした薬で、使用すると意味もなく幸せな気分になるのですが、じきに全身の激痛、けいれん、異常な興奮という恐ろしい禁断症状が起き、最終的には精神錯乱状態となります。1840年に勃発し、清朝没落のきっかけとなった「阿片戦争」は、イギリスからのアヘンの輸入問題で起きたもので、残念ながらその歴史がいまだに尾をひいているように感じられます。

 大西 以前読んだ新聞では、学校は成績優秀、就職してからも職場で表彰され、順風満帆だった24歳の中国人女性が、ちょっとしたきっかけでヘロイン中毒になり、仕事を失い、薬を買うために家のお金や財産を持ち出したあげく、恋人や家族あての遺書を残して飛び降り自殺したという事件が紹介されていました。悲惨なことですね。

  ヘロインの他に使用者が多いのは「氷毒」(エフェドリン)と「揺頭丸」(MDMA)です。「氷毒」は覚醒剤の仲間で、見た感じが氷に似ているので「氷毒」というのです。「揺頭丸」は日本の「エクスタシー」にあたります。「揺頭丸」を飲んだ人は異常に興奮し、頭を狂ったように激しく、何時間も振りまわし続けるので、そういう名前がついています。ディスコやクラブなどで売買・使用されることが多いようです。

 大西 では、違法薬物の使用について、中国の法律はどのように規制しているのでしょうか? 日本では立派な犯罪になり、芸能人が逮捕されたりしてよく話題になります。しかし、中国の人と世間話をしたときに、「中国ではヘロインを吸ったり、覚醒剤を注射したりしてもそのこと自体は犯罪にはならない」と聞いたのですが、本当ですか?

  中国の法律は、違法薬物の密輸、販売、製造などを犯罪行為として厳しく処罰していますが、その使用行為は犯罪としていません。違法薬物を吸ったり注射したりした人は、1990年に制定された『毒物禁止に関する決定』第八条により、公安機関(警察)による15日以下の拘留、2000元(約3万円)以下の罰金、薬物及び使用のための器具の没収といった処分を受けます。さらにすすんで、中毒になってしまった人には、強制治療措置が施されるものとされています。しかし、これらはいずれも一種の行政処分であって、刑罰ではありません。この点が日本とは大きく違っていると思います。

 大西 なるほど。強制治療措置というのは、具体的にはどういうものなんでしょうか?
 鮑 この措置は、1995年に制定された『強制戒毒弁法』の規定に基づいて行われます。まず、中毒患者は、各地方政府の公安機関が中心となって運営する「強制戒毒所」に収容されます。2000年の統計では、全国に746所設置されているということです。収容期間は3カ月から6カ月間とされ、患者はその期間を所内で過ごし、薬物治療、心理治療、法制教育、道徳教育、文化活動、体育活動、それに適度な労働を通じて中毒状態から脱し、一般社会に戻ったあと、また違法薬物を使用してしまうことがないように、矯正訓練を受けます。強制戒毒所を出所したあと、再度違法薬物に手を出してしまった人は、司法部門が管理する「戒毒労働教養所」に収容されます。2000年の統計では全国に168所設置されているということです。1999年には、全国で22万4000人余りの人が強制治療を受け、その内の12万人は、戒毒労働教養所で強制治療を受けたそうです。

 大西 となると、一旦治療を受けたあと、また薬に手を出してしまった人が半数以上を占めていることになりますね。違法薬物の魔力は本当に恐ろしいと思います。それでは、違法薬物の密輸、運搬、販売及び製造者はどのような取り締まりをうけるのでしょうか?

  こういう人達は、自分の利益のために国民や国家に多大な損害を与えるものなので、厳しく罰するというのが中国刑法のスタンスです。具体的には、これらの行為を行った者のうち、違法薬物の量が一定の基準を超える者、犯罪グループの中心人物、国際的、組織的な犯罪者などの重犯罪者は、『刑法』第347条により、死刑、無期懲役、懲役15年のいずれかの刑が科されるとともに、財産を没収されます。重犯罪者の要件を満たさない場合には、違法薬物の量に従って、3年以上の有期懲役及び罰金が科されます。輸入、運搬、販売及び製造のほかにも、違法薬物の大量所持、犯罪者や薬物の隠匿、けしや大麻の栽培、違法薬物使用の教唆なども犯罪とされています。

 大西 日本では、薬物犯罪について死刑は規定されていないので、中国はより厳しく対処していることになりますね。裁判の事例は、どのようなものがありますか?

  大きな事例、話題になった事例を紹介しましょう。湖南省の農民の何愛珍と陳春は、1998年11月から2000年4月までの間に、広州で仕入れたヘロイン合計2キロを浙江省寧波市へ運んで売りさばき、警察の捜索で、ヘロイン315グラムを押収されました。その後の裁判で、二人とも死刑、政治権利の終身剥奪及び財産没収の判決を受けました。また、2001年の9月には、深ロレ市中級人民法院(裁判所)で、世界最大の「氷毒(覚醒剤)」密輸、製造、販売事件が審理されました。この事件ではなんと17トン、中国での販売価格20億4000万元(約306億円)もの氷毒が押収されました。1999年の一年間に全世界で押収された覚醒剤の総量が16トンですから、とてつもない大事件です。警察の捜査によれば、香港人を中心にした犯罪集団が、湖北省の工場で半製品を製造し、広州の工場で完成品とし、フィリピン経由で南米、北米及びヨーロッパへ輸出していたとのことです。

 大西 なんともスケールが大きい話ですね。とにかく、読者の皆さんも、ドラッグだけは手を出さないように気をつけてください。

  読者の皆さんは心配ないでしょう。そこつ者の大西先生こそ気をつけてくださいよ。

 大西 私はお酒があればドラッグはいらないから、大丈夫です。(2002年2月号より)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。