公務員の汚職
急がれる『反腐敗法』の制定
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   


 大西 前々回、鮑先生から全国人民代表大会(全人代)についていろいろ教えていただいたので、今年は、全人代関係のニュースをよく見るようにしていたんですよ。その中で、ある代表が、「公務員の汚職を詳細に規律する『反腐敗法』を早急に制定すべきだ」との意見を発表したというニュースが目に留まりました。

  意外とまじめな生徒ぶりを発揮していますね。そのニュースは私も見ました。中国では、公務員の巨額汚職事件がここ数年頻発していて、国民は怒り心頭なんですよ。

 大西 日本でも、昨年初めに発覚した『外務省機密費流用事件』など、あきれ返るような汚職事件がたびたびおきています。国を問わない重大問題ということですね。

  それでは、今回は「公務員の汚職」をテーマにしましょう。「公務員の汚職」とは、公務員がその職務上の地位を利用して、金銭などのさまざまな利益を不正に取得することです。ですから、具体的には、収賄(賄賂を受け取ること)と公金横領などの公共財産の不正取得、この二点にしぼってお話ししましょう。

 大西 それでは、まず、中国の現状を教えていただけますか?

  具体的な事件の内容はあとまわしにして、全国の統計数字からいきますと、2001年の1年間で、中国の全国の人民法院は2万1800件の汚職事件を審理し、審理の対象となった人数は2万5600人あまり、最終的に刑事処分を受けた人数は1万8800人あまりにのぼっています。

 大西 なかなか大変なことになっていますね。では、こういった汚職公務員を取り締まる法制度はどうなっているのですか?

  冒頭でお話したとおり、まだ中国では『腐敗防止法』といった法律は制定されておらず、『刑法』の規定する要件に該当する場合に刑事裁判の対象となり、有罪判決を受けたときはその刑に服するということになります。『刑法』は、公務員による公共財産不正取得と、収賄についての条文を第八章でまとめて規定しています。

 大西 これらの罪は、取得した賄賂や公共財産の金額、その他の情状によって刑罰の軽重が変わるわけですが、最高刑は死刑で、以下、無期懲役、有期懲役などとされています。日本の場合、死刑や無期懲役は規定されていないので、中国の対応はより厳しいものといえるでしょうね。

  特徴ということでさらに一点付け加えましょう。『刑法』第395条は、「巨額財産出所不明罪」という規定をおいています。公務員の財産または支出が合法的な収入を明らかに超えており、差額が巨額にのぼる場合には、その出所を説明するよう命令することができ、本人が出所の合法性を説明できないときは、差額部分を不法所得として論じ、五年以下の有期懲役などの刑に処するものとされます。

 大西 これも日本では規定されていないものですね。刑事事件では、「疑わしきは罰せず」が原則的な理念ですが、中国では、汚職により厳しく対処するために、原則を少し変更して、公務員に潔白であることの証明責任を負わせたわけですね。

  そう、「李下に冠を正さず」ということです。実際の事件では、賄賂などの証拠がそろっている部分は収賄罪として、証拠がそろわない部分については巨額財産出所不明罪として処理されます。こういった刑事処分のほか、公務員は刑事処分に先立って公職を解任され、また共産党から除籍されるのが通常です。

 大西 では次に、具体的な事件などについて教えていただけますか?

  わかりました。まず、全体的な傾向を説明しましょう。中華人民共和国の建国以来、70年代までは、いくつかの汚職事件はあったものの、いわゆる高級幹部が捜査の対象になるようなケースはほぼありませんでした。しかし、80年代以降、高級幹部が汚職の罪に問われるケースが徐々に増加していきました。しかし、97年以降は、反腐敗政策が功を奏し、汚職問題は沈静化の傾向をたどっているといわれています。

 大西 ただ、去年(2001年)は、大規模な汚職事件がいくつも話題になった一年でしたね。

  そうですね。まず、前代未聞の巨大汚職事件である「厦門遠華事件」を紹介しましょう。1996年から99年にかけて、厦門市税関を舞台に、頼昌星という男を中心としたグループが、遠華電子有限公司という実体のない会社を使って、300億元(約4500億円)もの関税を脱税した、超巨額密輸事件が起こりました。この密輸に関連して、公安部副部長、厦門税関長、厦門副市長などの高級幹部を含む多数の公務員が、巨額の賄賂を受け取っていたことが発覚したのです。この事件は1999年4月から捜査が始まり、2001年夏までに、密輸と収賄とを合わせて167件もの案件について刑事裁判が下され、被告人は269人に及びました。厦門税関長は一審で死刑判決を受け、公安部副部長と厦門市副市長は、2年の執行猶予付き死刑判決を受けました。

 大西 以前から不思議に思っていたのですが、「執行猶予付き死刑」というのは、いったいどういう仕組みなんでしょうか?

  『刑法』第50条により、その執行猶予期間中に、故意による罪を犯さなければ無期懲役に、さらに重大な功績があれば15年以上20年以下の有期懲役に、それぞれ減刑されるものとされています。逆に、故意による罪を犯してしまうと、死刑が執行されてしまうことになります。

 大西 なるほど。ここでいう「重大な功績」というのは、捜査に積極的に協力して成果をあげることなどを言うのでしょうね。でも、いずれにしても長期の懲役は免れないわけですね。

  この事件のほか、1993年から2000年の間に、瀋陽市の市長、副市長、国有資産管理局長、国家税務局長、はては中級人民法院の院長と副院長、中級人民検察院の検察長まで収賄や職務違反行為を続けていたという、大規模汚職事件が発生しました。刑事裁判の判決は昨年10月に下され、副市長の馬向東は死刑、市長の慕緩新は2年の執行猶予付き死刑、その他14人の公務員および贈賄者は執行猶予付き死刑、無期または有期懲役などの判決を受けました。また、河北省副省長・叢福奎や、雲南省長・李嘉廷といった大物の汚職事件も昨年相次いで明るみにでており、今後刑事裁判がすすんでいくものと思われます。

 大西 厳しい判決ですが、国として、腐敗は絶対に許さないという姿勢を示しているのですね。こういった幹部の人たちは、ここまで出世するからには有能で、また努力もしてきたのだと思うのですが、ふとしたことで道を踏み外してしまったわけですね。お金の魅力というのは恐ろしいものです。

  また、地位が上がれば上がるほど、誘惑も多くなるかもしれません。いずれにしても、国民の期待に背かないように、また自分自身の誇りのためにも、毅然として行動してほしいものです。(2002年5月号より)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。