職場でのセクハラ問題
01年末に中国初の判決下る
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   


 大西 中国に来てから、働く女性を見ていると、女性の幹部が結構多く、日本よりも女性の社会的地位が高いように思います。中国は働く女性の天下と言っていいのでしょうか?

  うーん、確かに、中国は日本よりも女性が活躍しやすい環境にあると思いますが、たとえば、最近では、男性の女性に対する職場でのセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)問題がよく取り上げられていますよ。

 大西 それは意外ですね。では、今回は、職場でのセクハラ法律問題について、中日の比較をしてみましょう。職場でのセクハラは、「相手の意に反する性的な言動で、それに対する対応によって仕事を遂行するうえで、一定の不利益を与えたり、就業環境を悪化させること」といえます。日本では、被害者はほとんどの場合女性で、男性の上司が女性の部下に性的な関係をせまって、拒絶したら左遷されたとか(対価型セクハラ)、社内で顔を合わせるたびに性的経験や容姿などについて聞いてくる男性職員がいて、女性職員が苦痛に感じている(環境型セクハラ)などのケースが典型例です。

  中国でもセクハラの被害者はほとんどが女性です。また、日常生活の中で遭遇する問題で、あるホームページがインターネットでアンケート調査を行ったところ、1万2000人近くの参加者のうち、51%が「職場でセクハラにあったことがある」と答えています。

 大西 中国でもたくさんの働く女性がセクハラに悩んでいる、と言えるようですね。では、法律による取り締まりはどのように行われるのでしょうか?

  中国の法律には、セクハラについて特別に規定する条項はまだありません。セクハラの被害者は、『民法通則』第101条により保護される名誉権や人格権を侵害されたとして、同法第106条などの関連法律法規に基づき、加害者に対して損害賠償、名誉回復措置、謝罪などを求めることができます。さらに、たとえば給湯室で男性職員が女性職員に無理やり抱きついて体を触るなど、セクハラがいわゆる強制わいせつにあたる場合には、加害者は、『刑法』第237条により、5年以下の懲役などに処されます。また、犯罪にあたるほどではないものの、女性を侮辱する行為には、『治安管理処罰条例』第19条第4号により、15日以下の拘留、200元(約3000円)の罰金などを科されることが考えられます。

 大西 日本の場合も、被害者は『民法』の「不法行為」の規定に基づいて損害賠償を請求し、またセクハラ行為が強制わいせつなどの犯罪にあたる場合は刑法でも処理されることになります。また、『雇用機会均等法』第21条は、企業に対し職場におけるセクハラ防止策の設置を義務付けています。また、日本でも中国でも、セクハラ行為はその職場の就業規則などに違反するでしょうから、その程度に応じて職場で懲戒処分を受けることが考えられますね。

 それでは、具体的なセクハラ事例はどんなものがありますか? 日本の場合、約10年前に初めて損害賠償請求訴訟の本格的な判決が下されて以降、毎年全国各地で、相当数の損害賠償請求訴訟判決が下されています。特に有名な事件といえば、大阪府知事だった横山ノックの選挙運動員に対するセクハラ事件で、ノックは知事を辞職し、民事の損害賠償請求訴訟で敗訴したほか、刑事事件でも強制わいせつの有罪判決を受けました。

  セクハラが政治まで動かす大事件になったケースでしたね。中国の場合、2001年末に、職場のセクハラについての民事訴訟の判決第一号が出たという状況です。同年7月、西安市の国有企業の女性職員である童さん(30歳)が、上司からセクハラを受けたとして、西安市蓮湖区の人民法院に、加害者である社長の謝罪を求める訴訟を提起しました。訴状によるとセクハラは1994年から始まったもので、社長は「いいポストにつけてあげるから」などと甘い言葉をエサにして、社長室で童さんの体を触るなどしました。童さんがきっぱりと拒絶したところ、社長はあきらめるどころか、いろいろな手段でいっそうひどいセクハラをするようになりました。しかし、童さんは社長の要求を拒絶し続けたので、仕事の中で様々な嫌がらせを受けることになったのです。蓮湖区の人民法院は非公開審理を行った後、2001年12月22日、童さんが提出したセクハラ行為の証拠が不足していることを理由に、童さんの訴えを退けました。童さんはこの判決を不服として、西安市の中級人民法院に上訴を提起しています。

 大西 なるほど。セクハラは密室で行われるのがほとんどですから、目撃者もいないでしょうし、裁判所を納得させるだけの証拠を集めるのは難しいでしょうね。

  この事件では、最も有力な証拠として、童さんの同僚が、「社長室の前で『やめてください!』という童さんの叫び声を聞いた」という証言を提出したのですが、人民法院は、「童さんが誰にやめてくれと言ったのかがわからない」として、証拠の価値を認めませんでした。

 大西 しかし、この判決は専門家や世論から厳しく批判されているようですから、中級人民法院がどういう判決をするか、今後も注目したいですね。

  実は、この判決のわずか5日後に、さらにおかしな事件の判決が下されました。男性の男性に対するセクハラ事件で、中国のハワイと言われる海南島の海口市で、ある会社の人事顧問をしている男性(68歳)が、同社に勤める同郷の3人の青年(2人は23歳、1人は19歳)に対して、1999年12月および2001年2月に、自分の部屋に無理やり泊まらせて、体を触ったりするなどのセクハラ行為を行ったというのです。3人は心にトラウマを持ってしまい、それぞれ悩んでいたのですが、ある日偶然に、同じ被害にあったことを知り、相談して、この男性に謝罪と損害賠償を求めたのですが、逆にこの男性は、人を使って、わずかな口止め料と刃物とを同時に突き出し、「3日以内に海口から出て行け、でなければどうなるかわかってるだろうな」と脅迫したのです。そこで、3人は思い切って訴訟を提起しました。人民法院での審理には、体裁が悪いせいか、この男性は全く姿を見せず、反論も提出しませんでした。そこで、原告側の主張が全面的に認められ、被告は3名に対して謝罪するとともに、精神的損害の賠償として各1元(約15円)を支払うこと、という判決が下されました。

 大西 セクハラは、女性も男性も被害者になりうるということがよくわかりました。いずれにしても、自分の権力や地位を利用して、仕事と全く関係ないことを無理強いするというのは卑劣きわまりないですね。政府は規制法律を充実させ、また企業は加害者に対して厳しく対応し、また予防策を講じる必要があるでしょうね。

  さて、私と大西先生のコンビでこの対談を続けてきましたが、今回で最終回ということになりました。読者のみなさん、長い間ありがとうございました。

 大西 鮑先生、読者のみなさん、本当にありがとうございました。これからも、身近な法律の話題に興味をもっていただけるよう、願っております。(最終回)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。