中国はオリンピックの北京開催をなぜ望むのか。
         北京五輪招致委員会の責任者が熱く語る。


 2008年に開催されるオリンピックはどこに決まるのか。7月13日に迫った開催地決定を前に、中国の市民の期待は高まる一方だが、1993年のときのように思いがけない結果になるかもという不安もぬぐいきれない。追い込み段階に入った招致活動の責任者である北京オリンピック招致委員会の蒋效愚・副主席は、『人民中国』はじめ北京の対外メディアに、北京五輪の意義や抱負を熱っぽく語った。

 ――オリンピックを北京で開催することができれば、どのような意義があるのでしょうか。  国際オリンピック運動のマイル・ストーン(里程標)となるでしょう。

 1894年にオリンピックが始まってからこれまでに、オリンピック運動は世界に広がって来ました。しかし世界最大の人口を持ち、世界人口の約5分の1を占める中国で五輪が開催されれば、オリンピック運動はさらに大きく広がることができます。

  ――これまでの五輪は、欧米中心で、先進国がほとんどでしたね。

  過去に開かれた五輪は、米国の五回をはじめ欧州やオセアニアが多く、アジアで開かれたのは東京とソウルの二回だけです。しかも中国は、世界最大の発展途上国で、もし北京でオリンピックが開催されれば、先進国ばかりでなく途上国でも五輪が開催できることが証明され、世界の途上国の人々に勇気と自信を与えることができます。これまでのように、少数の先進国クラブの五輪独占が打破され、より多くの国々に五輪開催のチャンスが拡大するでしょう。

  ――北京の他にも、パリ、大阪、トロント、イスタンブールが名乗りをあげていますが。

 パリはこれまで二回も開催され、日本やカナダでも開催されました。イスタンブールと北京は初めてですが、人口を比べてみて下さい。

 それに中国はスポーツ大国です。中国は1980年にオリンピック参加の正当な権利を回復して以来、五回の夏のオリンピックに参加してきました。これまでに獲得した金メダルの数は世界第三位になり、さきのシドニー五輪でも28個の金メダルを獲得しました。

 ――北京招致実現のために、これから努力すべき点は何でしょう。

 今回から国際オリンピック委員会(IOC)の規則が改正され、IOCの委員が開催候補地を自由に参観することも、招致委員会がIOC委員と自由に接触することもできなくなりました。IOC委員のうちパリに行ったことがある人は90%もいますが、北京に来たことがある委員は40%にすぎません。国際的なメディアの報道も、北京については十分でなく、国際的な理解がまだ足りないと思っています。

 ――勝算はありますか。万が一、またも失敗するようなことがあったら、それでも再び招致を申請するつもりでしょうか。

 モスクワで開かれる招致決定の最後の決戦を前に、「上陣不言敗」(戦いに臨んで敗北を口にしない)といった心境です。しかし、中国がオリンピック精神を追求する姿勢は真剣であり、純粋です。

  かつて中国には「三つの何時」がありました。何時になったら中国の選手がオリンピックに参加できるのか、何時になったら金メダルを獲得できるのか、何時になったらオリンピックを開催できるのか、です。

  三つの願いのうち一つは、1932年、中国の劉長春選手が五輪に初めて参加して実現しました。二つ目は、1984年、許海峰選手が金メダルを獲得して達成されました。いよいよ三つ目の夢の実現です。その願いは深く、永遠です。もちろん実際に招致を申請するかどうかは、さまざまな要素を勘案しなければなりませんが……。