評論:日本首相の靖国参拝は何を損なったか

 
世界経済のグローバル化が進む中、世界各国は平和と協力を通じて人民の福祉を増進させる道を探るべく、努力している。

しかしながら小泉首相は、こともあろうに厳しい非難と抗議が日々高まる状況下で、再び靖国神社を参拝した。小泉首相の今回の振る舞いは、国際社会の平和と発展に向かう大きな蕩蕩たる流れと、周辺諸国との友好交流に対する日本国民の熱望と、日本との友好協力に期待を寄せる周辺国の人々の期待に、逆行するものだ。

現在、世界の発展に向けた「主旋律」は、平和と発展だ。世界反ファシスト戦争勝利から60周年を迎え、国際社会はそれぞれのやり方で、かつて世界全体に深刻な災禍をもたらした歴史を回顧した。そうすることで、莫大な代償と引き換えに手に入れた教訓を肝に銘じ、よりよい未来を切り開こうとしている。日本政府の指導者である小泉首相が靖国神社参拝に固執しているため、「歴史を反省する」と称する小泉首相の目的が達せられないどころか、歴史問題におけるトラブルが起こり、いざこざが誘発されている。

豪の「オーストラリアン」紙は、靖国参拝が、アジア太平洋地域に残されていたかすかな望みを踏みにじり、東アジアの安定を破壊した、と指摘する。再度の靖国参拝は、世界の人々がお互いに利益となる調和した世界を築こうと努力する道のりにおいて、はなはだしく調和を欠いた振る舞いだ。

経済のグローバル化が進展する中で、日本以外の東アジアの国々は、友好協力への願いに満ちあふれ、地域協力での共同発展に期待している。日本の有識者も、世界全体で重大な変化が続く今日、東アジアを安定させるには、中日韓の関係がとても重要になると考えている。日本が、アジアの近隣諸国と国際社会から真の信頼を勝ち取り、国際問題において積極的な役割を果たすには、納得のいく実際の行動で「歴史を鑑(かがみ)とし、未来に向かう」姿勢を体現すべきだ。しかし小泉首相が自己中心的かつ狭量な心で周辺諸国に接する態度は、周辺諸国の国民の感情を再び傷つけた。韓国大統領府の広報官の発言のとおり、小泉首相による度重なる靖国参拝は、過去の侵略戦争を美化し、地域の平和と協力を妨げるもので、日本に何の利益をもたらさないだけでなく、さらに国際社会において日本を孤立させるだろう。

中国と日本は隣国であり、世界も中日関係の成り行きを注目している。ここ数年、中国の政府と指導者は、中日関係、さらにアジア太平洋地域と世界の平和と繁栄を維持するという大局に立って、小泉首相が充分に全体状況を理解し、大局を顧み、独断専行することのないよう願い、大義と利害をもって日本側を繰り返し諭してきた。今年4月には、胡錦濤国家主席がアジア・アフリカサミットで、中日間で守るべき3つの政治文書(共同声明、平和条約、共同宣言)と、交流と協力の強化に向けた5つの主張を示した。この文書で、中国の政府と人民は、中日関係の改善に向けた真摯な願いを充分に表した。小泉首相がアジア・アフリカサミット上で表明した謝罪の言葉も、まだ耳に残っている。にもかかわらず再び靖国を参拝した。この行動は、中国の人民の感情を深く傷つけただけではなく、両国の各分野の人々による関係改善に向けた努力を踏みにじるものだ。

小泉首相が再度の靖国参拝という挙に出たことは、中日関係を破壊しただけではなく、日本自身をも傷つけた。日本の対外関係に損害を与えたのみならず、日本の国際社会におけるイメージをさらに損なった。シンガポールのリー・クアンユー前首相がまさに指摘したように、日本が侵略戦争に対して曖昧な態度を取るならば、アジア諸国は日本が再び軍国主義の道へ走るのではないかと、今後も憂慮することになるだろう。国家の指導者として、人類共通の道義を一顧だにせず、独断専行を貫いて、小泉首相が果たして世界の信頼を得られるだろうか?「小泉は、日本をどこに導こうとしているのか」と我々は問わずにいられない。

「人民網日本語版」 2005年10月26日