1980年、長江三峡を 遊覧する船上の父 　 　 　 　 　1992年春、中国の改革・開放政策の「総設計師」と言われた�ｹ小平氏は、中国の南方各地を視察し、「南巡講話」と言われる一連の重要な講話を発表した。それは、中国がさらに改革を進めるための明確な道筋を示したものであった。 　あれから10年。今日の中国は、世界が注目する発展と成果を達成した。当時を振り返ると、中国を開放し、豊かで強く盛んな国へと導いたこの偉大な人物への追慕の念が、さらに深まってくる。 　�ｹ氏の逝去5周年に際し、本誌は特別の許可を得て、�ｹ氏を偲ぶ長女の�ｹ林さんの文章と、彼女が撮影した写真をここに一挙掲載する。この文章と写真は、中国の運命を変えたこの偉大な政治家が、家庭生活では良き夫であり、良き父であり、そして優しいお爺ちゃんだったという、�ｹ氏の人間らしい一面をうかがわせるものである。（編集部）

　1997年2月19日。父はこの世を去った。悠然と、静かに、安らかに、微笑みさえ浮かべながら……。享年、93だった。

1946年、弟の朴方を抱く父、私を抱く母。河北省にある太行山の前線にて（�ｹ林提供）

　歳月は流れ、月日は巡る。しかし、父への思慕の念は、日ごとに強まるばかりだ。アルバムを開いて、大切にしてきた千枚以上もある父と家族の写真をめくって見ると、父の姿形や容貌、笑顔まで、ありありと目の前に浮かんで来る。私の心の中では、父はまだこの世を去らず、私たちといっしょに暮らし、慈愛に満ち、うれしそうな眼差しで私たち家族を見つめているように思えるのだ。

　ここに掲載する写真は、ほとんどが1970年代以後、主に1980年から93年にかけての13年間に、私がとくに父のために撮ったものである。この13年間は、父の一生の中でもっとも重要な時期であったし、また、中国で歴史的な変革が起こった重要な時期でもあった。

　しかし、わたしが撮ったこれらの写真は、その歴史を直接に記録するものではない。カメラマンが撮った芸術的作品でもなく、写真による偉人伝でもない。それは娘である私の心や目の中に、またカメラのレンズの中に残っていて、永遠に消え去ることのない、日常生活の中での父の思い出である。

　これらの写真を通じて皆様に知っていただきたいと思うのは、私の父は神ではなく、人間であるということだ。普通の人と同じように喜怒哀楽の感情を持つ人間であり、良き父であり、良き祖父であり、良き夫であり、良き息子であった、ということである。

　　　　　　　わたしたちの｢親父さん｣

1969年から72年まで、父は江西省に送られて労働の日々を送った。72年に�ｹ楠がわが家で初の孫娘を出産した。父と母はとても喜び、記念写真に収まった

　家にいるときの父はあまりしゃべらなかった。だが、いったん話し出すと、ずばりと急所を突き、しかもユーモアも味わいもあった。父は友人や近隣の家を回って世間話をしたり、コネをつけたりすることは嫌いだった。つまらぬことにかかずらうことなく、小さなことには無関心で気にかけず、不平不満を言わない人だった。

　子供たちが喧嘩をすると、父は「外でやれ」と言うのだ。彼は裁きを下そうとはしないし、どちらが正しいとも言わない。「いずれ喧嘩は収まるのだから」とよく言っていた。

　父はきちんと整理整頓し、きれい好きだった。着るものは質素簡単で、以前、フランスやロシアにいたときは背広を着たことがあったが、その後は一度も着たことがない。冬の日、散歩に出かけるときも、帽子をかぶらず、襟巻も巻かなかった。下半身は綿のズボン下に化繊混紡のズボンを穿くだけだった。上半身は、シャツ、セーターの上に中山服を着るだけで、ときにはその上にコートを一枚羽織る。大雪の日でも同じだった。人にもっと多く着るように勧められると、「そんなに贅沢はできないよ」と言ったり、「あなたは寒いの？　あなたが寒くなければ、どうして他人に多く着させようとするのだい」と反問したりしたものだ。

　父は、いいかげんなやり方や粗忽なことが嫌いだった。彼が物事を処理するときはいつもてきぱきと行い、ぐずぐずしたことがなかった。その日の仕事はその日に終え、次の日に伸ばすことはなかった。仕事に関しては、採りあげるものは採りあげる、ほっておくものはほっておく。自己をコントロールする力がたいへん強かった。

　父はずっとタバコを吸っていたが、1989年に、85歳になったとき、医者に禁煙するように言われてからは、すぐに禁煙し、それ以来一本も吸わなかった。彼は時間や約束をきちんと守る人で、約束した時間に自分はぜったい遅れないし、人を待つこともない人であった。外国の賓客を宴会に招くときも、宴会の予定が一時間だったら、必ず一時間で終わらせた。

　父は自己を厳しく律し、人に対しては寛容であった。時代の流れや勢いをよく見て、いとも軽々と重大事を処理する。しかし、私たちとともに暮らすときには、ひたむきで、活力に満ちた、生身の人間であった。こうした父を私たち家族はみな、親しみを込めて「親父さん」と呼んだのだった。

　　　　　好きな花――それはシャクヤク

　父は生活を愛し、生命を愛し、大自然を愛し、世の中の美しいものすべてを愛した。冬が終わると、一番先に春到来の息吹を感じるのは父であった。庭の草が緑に萌えてきたことや、ボタンやシャクヤクやバラのどの株に萼が出たかなどは、父がいつも先に気づく。父はシャクヤクが一番好きで、観賞もできるし、薬種としても使えると、よく言っていた。

1938年、父と母は延安で結婚した。1988年8月、父の誕生日に、金婚を祝って記念写真を撮った

　秋になると、自宅の庭に植えられた柿やクルミ、ナツメなどを食べるのが好きだった。毎日、池のほとりに行っては、掌をたたく。すると金魚はその音を聞いて、先を争って餌を食べに集まってくる。彼は静かにたたずんで、金魚たちと喜びを分かちあうのだ。

　毎年の4月、万物が蘇る春が訪れると、仕事で疲れた父の心身を少し休ませようと、家族全員、父のお供をして、そろって春の遠足に出かける。父は、普通の人の身分であちこちに行き、見物したり、歩いたりしたいものだ、と言っていた。しかし、どこへ行っても、父を敬愛する群衆に取り囲まれてしまう。そのため、父のこの願いはとうとう実現されずじまいだった。

　だから春になると、父は私たちといっしょに、中南海（注１）に行くか、あるいは釣魚台や玉泉山のような中央指導者たちの休憩所へ行くのだった。これは毎年同じだった。父は釣魚台の浅緑のしだれ柳が好きだった。また、緑の葉に映える白いやピンクの八重咲きの桃花も愛した。さらに玉泉山に咲く黄金色をした迎春花やレンギョウ、紫のモクレンも好んだ。

　桃の花が満開になるころに、中南海の静かな湖畔を散策し、湖畔に腰を下ろして、孫たちが水遊びをしたり、ボートを漕いだりするのを見るのも好きだった。

　父は雪が好きだった。大雪が降りはじめると、父はうれしそうにこう言ったものだ。「今年はきっと豊作だよ！」。父は農業に非常に関心を寄せていて、農民が豊かになるのは、父の長年の願いだった。

　　　　　　　　　　規律正しい生活

　父は以前から、退職後の生活に憧れていた。退職したあと、父の生活は大変規律正しかった。毎朝八時に起き、朝食を食べ、文献や資料を読み、そして散歩に出かける。それから新聞を読み、昼食をとる。午後3時までは昼寝をし、起きてからブリッジを楽しんだり、本を読んだり、ビデオを見たりする。そしてまた散歩に出かける。夕食後は、子供たちのお喋りを聞いたり、テレビを見たりする。それから床につく。毎日毎日がこうであった。医者の話によると、父はこれまで大変厳しい生活をしてきたので、こうした規律正しい生活をしなければ、あれほど長生きはできなかっただろうという。

私の祖母は（右から1人目）は父の継母であり、わが家の「特等の功労者」でもある。孫の世話をしただけでなく、数人の曽孫も世話をした

　父は読書がとても好きだった。どんな本でも読んだが、とくに歴史書が好きだった。出張に出かけるときも、『聊斎志異』とか詩や詞の本を1、2冊持っていって、暇を見つけては読んでいた。

　また、とくに辞書と地図が好きだった。父の事務室の本棚には、さまざまな辞書類が並んでいて、分からない問題にぶつかるとすぐ、辞書を開いてとことんまで調べるのだった。どこへ行っても父は、いつも地図を見て、自分のいる場所がどこかを探り当てた。これもたぶん、戦争に参加した時代からの習慣であろう。

毎年の春になると、一家は春の景色を楽しみに外に出かける

　｢文化大革命｣のとき、父は自由を奪われたが、そのかわりに父にとって得難い読書のチャンスが与えられた。北京から江西省まで移動したこの数年間に、父は数多くのマルクス・レーニン主義の著作や『資治通鑑』『二十四史』などの重要な史書、さらに古今にわたる中国や外国の文学や名著などを読破した。

　晩年になると父は、「武侠小説」（注２）を好んだ。「武侠小説」は軽くて、憂さ晴らしになり、頭を使う必要もなく、リラックスできるからだと、父は言っていた。

どこにいても父は、毎 日必ず散歩する。1985 年、上海で散歩する父

　事務室では十数種の新聞や雑誌をとっていて、父はどれにも非常に細かく、まじめに目を通した。これは、父が退職した後も社会のことを理解し、世界とをつなぐ一筋のルートであった。

　毎日午前10時、父は庭を散歩する。1959年、父は足を骨折した。そのリハビリのため、毎日、必ず散歩した。十年一日の如く、これはずっと続けられた。散歩する前には、体操をしなければならない。その体操は、退職後、父が自分でつくったものだった。まず足をあげ、腰を曲げ、腕を伸ばす。いずれも簡単な動作だが、彼は非常にまじめにやっていた。

こんなほっとした表情の父は珍しい。北京の西の郊外にある玉泉山で、何かを見つめる父

　父は散歩するときも非常に真剣で、少しも怠けたり、ずるけたりするところがなかった。わが家の庭は、一番外側を一周するとだいたい140メートルある。父は、病気になる前は、毎日、決まって18周歩いた。後に、体調の変化にともなって、年を追うごとに歩く距離は短くなった。しかし最後まで、人に手で支えられながらもずっとこの散歩を続けた。

　父は散歩をするとき、話をしない。わき目もふらない。だが、頭は休まず働かせている。父が北京から江西へ、そしてまた北京に戻ってくるその間の、かくも長い散歩の道のりと、後に父が打ち出した中国を発展させる大方針とは、決して無関係だとは言えないだろうと、私は思っている。

　　　　　　　好きな運動――それは水泳

　父はプールで泳ぐのは好きでない。プールは小さすぎるし、水も動かないからだという。海は違う。天は高く、海は広く、果てしない。海で私たちは、波に乗って遊ぶのが好きだが、父は風に逆らい、波が来るのを待ち受けて、水の中に潜りこみ、勇猛果敢に前進し、大海の深いところまでも泳いで行くのが好きだ。

北戴河で水泳した際、孫たちの遊んでいる様子を見ている父

　父はいつも海に入るチャンスを大切にしていた。毎年、北戴河（注３）へ行くが、父は到着するとすぐ海に入る。帰る日にも必ず海に入る。どんなに寒くても、波が大きくても、彼はまったく意に介しない。「お前たちは知らないのだよ。雨の日に泳ぐのは気持ちが良いことを。水の中は温かいのだよ」と、父はよく言っていた。

　毎日午前10時、私たち全員は父といっしょに海辺へ歩いて行く。子供たちは水の中で戯れたり、泳いだりするが、父はまるで決まった任務を果たすかのように、海に入るとすぐ、ずっと遠くにある防護ネットに向かって一直線に泳いで行くのだ。

　散歩と同じように、父が泳ぐときも、まったく怠けたり、ずるけたりしない。遊泳区の仕切りに一番近い所を、最大限の円を描いて泳ぐ。遊泳区の深い所には、皆が一休みできるように平らな台が設置されているが、父はそこへは行ったことがない。だから、私たちも、海で泳いでいる間は、途中でぜったい岸に上がらず、甲羅干しもしない、というのが習慣になってしまった。

ブリッジは、父の一番好きな趣味だった。カードの切り、 配り、ビッドし、プレーする。どれも真剣そのものだった

　予定の時間が来ると、父は必ず子供たちに迎えに来させる。そして、父と子供たちはいっしょに岸まで泳いでいく。そうしてやっと、彼は満足して、みんなといっしょに砂浜に上がるのだ。ある時、泳いでいる途中で大雨が降り出し、海岸にいる管理人が赤い小旗を振って、岸に上がるよう皆に声をかけたことがあった。すると父は｢旗を振るのが早すぎるよ。まだそんな時にはなっていないよ｣と言った。

読書が大好きな父は、出 張中にも1、2冊の詩や詞 の本を持って行き、暇を 見つけては読んでいた

　父はどうしても海を離れたくなかった。しかし、歳月は無情である。1992年、父が88歳になったとき、彼の身体の状態から医師団は、父が海に入ることを禁止した。その年の夏、私たちは家族全員で、これが最後となる北戴河へ行った。北戴河は、風は穏やかで日差しはうららかだった。

　父はずっと岸にすわって私たちが泳いでいるのを見ていた。だが、心中もどかしかったようだ。毎朝起きると、父はすぐこう尋ねるのだ。「今日の天気はどうだ？　風は？　水温は？　波は？」

　そばにいる人はみな、彼の気持ちを知っていた。そしてあまりにもかわいそうだと、北京病院の呉蔚然院長に指示を仰いだ。呉院長や医師団は検討の結果、ついに父が海に入ることに同意した。父はたいへん喜んだ。

　看護婦は婉曲にこう言った。「今日のところは、お医者さんの言う通りにおとなしくして、少しだけ泳ぐことにしましょうね。そうすれば、明日また泳いでいいと許可が出ますよ。いいですね」。すると父はこう言った。「やっと泳ぎに行けるようになったのに、そんなわけにはいかないよ！」

　その年、父はあわせて8回も海に入った。毎回、約45分間泳いだ。彼の生涯で、大海で泳いだのはこれが最後であった。

　　　　　好きな遊び――それはブリッジ

　1952年、父がまだ西南局（注４）で働いていたとき、四川省内江市でたまたま一人の友達に会い、ブリッジを教えてもらった。このときからブリッジは、彼の主な余暇の娯楽となった。ブリッジで遊ぶときは、ほかのことを考えず、頭が十分に休養できる、と父は言っていた。

父がくつろぐひととき

　退職後、父は、これまでよりもっと多くの時間をブリッジに費やした。「ブリッジができるのは、私の頭がまだ大丈夫だということだ。まだ泳げるのは、私の身体がまだ大丈夫だということを示している」と、父は言っていた。父がブリッジをするとき、その思考は素早く、計算は正確だった。トランプを切り、配り、ビッドし、カードを出し、点数をつける……父はいずれも真剣そのものだった。果断かつ迅速に事を処理し、策略を巡らし、一方の大将の風格があった。

　ブリッジをするときの父は、負けず嫌いで、勝つことが好きだった。カードの出し方に異論がある場合、結論が出るまで追及する。こういうことがあった。ある日、ゲームがもう終わろうとする時、妹の楠楠が父に「お父さんが今さっき出したカードは、出してはいけないカードよ」と言った。父はその時は何も言わなかったが、次の日、みんなが席につくと、前の日のあのカードをテーブルに並べて、「誰が正しいか、誰が間違っているのか、みんな言ってごらん」と言った。

　最後の一局が終わったとき、双方の点数にあまり差がなく、もし父の側が何点か低かったら、父は決まってもう一回遊ぼうと要求するのだ。それでもし相手が負けたら、相手にも一回のチャンスを与える。実は彼自身、ゲームを終わりにしたくないのだった。

　　　　　　　テレビを見るのは日課

　毎晩七時になると、父は中央テレビ局のニュース番組を必ず見る。これは彼が世界を知るもう一つ重要なルートである。

小弟児は父がとくに可愛がっている孫で、2人はいつもいっしょに遊ぶ。小弟児にタンポポの種を吹いてやっている父

　父は京劇が好きで、とくに言派（注５）が好きだった。年をとり、耳が悪くなってからは、あまり見なくなった。四川劇も好きだった。「文化大革命」以前には、四川劇が北京で上演されると、父は必ず、朱徳のおじさんや陳毅のおじさん（注６）といっしょに見に行った。「文革」以後は、父は四川劇を見る機会がなくなった。

　時には、父はテレビドラマも見るが、耳が遠いため、そばで解説する人が必要だった。毎年の春節（旧正月）には、父は必ずわが家族全員とともに中央テレビ局の「春節交歓の夕べ」を観賞する。しゃべったり笑ったりして、和気あいあいとした雰囲気が溢れる。辛酸を嘗め尽くした後の春節の一家団欒は、私たち一家にとって、とてもとても大切なものだった。

86歳の誕生日に孫たち からのプレゼントされ たのは、地面にチョー クで描いた絵だった

誕生日の時だけ、父は私の言う通りに写真を撮らせる。「お祖父さまにチュッ」をしているのは萌萌

　父は大のスポーツファンで、最も好きなのはサッカーだった。かつてフランスに留学していた若いころ、サッカーの試合を見るため、服を一着、質に入れたことがあるそうだ。最近はサッカーやバレーボールの試合のテレビ中継、とくにワールドカップのサッカー試合や中国女子バレーボールの中継を父は必ず見ていた。放送時間に見られないときは、弟の朴方に録画させ、暇な時にそれを見た。

　テレビで試合を見る父は、現場で見ているのと同じように緊張し、中国チームが勝つととても喜んで、思わず拍手をする。そして、そばにいる人にこう言うのだ。「早く拍手しなさい。フレー、フレー」

　体操や飛び込みなどの試合を見るときは、父はテレビを見ながら現場の審判員と同じように点数をつける。父が中国選手につけた点数は、いつも審判員の点数より高い。中国の小さな選手がメダルを取ると、父はとくに喜ぶ。中国の卓球が一時、下り坂だったとき、父は「中国の卓球が勝てないのは、お前たちが見ないためだよ」と言っていた。父のスポーツ中毒は、すべて彼の愛国心から出たものなのだ。

　　　　　　残りものを食べないなんて

孫たちがまだ小さかったころのある日、父はことのほか上機嫌で、家の玄関の階段で子ともたちと遊んだ

1989年11月9日、父は正式に退職した。4人の孫たちがとくにお祖父さんにお祝いのカードを作った。写真は右から萌萌、眠眠、左から二人目は羊羊。小弟児は何処かに遊びに行ってしまって写っていない

　父はご飯を食べるのが早い。好き嫌いをしない。出されたものはなんでも食べる。しかし「回鍋肉」「粉蒸肉」「扣肉」など故郷の四川料理が好きで、とくに豚の脂身の料理が大好きだった。祖母が作るﾃｹ豆腐（注７）や二番目の叔母さんが作る千切りのニンジンの塩漬けは、わが家秘伝のおかずで、年中常備してある。

　父は焼き芋も好きで、しかも皮ごと食べる。新鮮なトウモロコシも好物で、煮たものも焼いたものも好きだ。毎年、芋やトウモロコシが市場に出回るころになると、決まってわが家の食卓にも登場し、皆を大いに喜ばせた。

　父はもともと間食をしない。食事の前にかならず小さい酒盃で茅台酒を二杯飲む。後になって茅台酒が紹興の加飯酒に変わった。それにピーナツとかカボチャの種とか豚の耳とか、酒の肴が添えられる。これはたいそう美味で、これを食べるのは父の小さい特権であり、特別の楽しみだった。機嫌のよいときのは、この楽しみを皆に分け与えた。酒の肴や果物や食卓の美味しいものをちょっとずつ、孫たちに分け与えた。「さあ、デブ（弟朴方の愛称）、お前も一杯どうだ」と勧めたりした。

　わが家では、残ったおかずやご飯を捨てることは許されない。「カイ菜」や「カイ飯」（注８）にして、次の食事のときに食べる。「残りものを食べない者はバカ者だ」と父は言っていたから、わが家全員、「バカ者」ではなかったわけだ。

　父は時間をきちんと守る。時間になるときちんと食事が始まる。昼食は正午ちょうど、夕食は午後6時半に始まる。これは数十年間、変わらない。わが家は四世代がいっしょに暮らす大家族で、年寄から子供まで全員揃ったら十数人になる。食事は二つのテーブルに分かれる。昼食のときは、家で食べる人が少ない。そこにいる人を「常務委員」と呼び、それ以外の人を「遊撃隊」と呼んだ。

　食事をするとき、父は賑やかな雰囲気が好きで、食卓に何人か欠けると、「おやおや、今日はどうしてこんなに寂しいのかね」と言うのだった。どの孫がいなくとも「どこへいったのか」といつも尋ねた。

　　　　　　　　　　子煩悩の父

　わが家には5人の子供がいる。女の子3人、男の子2人の姉妹兄弟である。3人（�ｹ林、�ｹ朴方、�ｹ楠）は戦争時代に生まれたので、小さいころ、父といっしょにいる時間は少なかった。毛毛（�ｹ榕）と飛飛（�ｹ質方）が生まれてから間もなく、一家は北京に引っ越した。

�ｹ榕に伴われて散歩する父

　中華人民共和国の建国初期は、父の仕事はとても忙しく、邪魔にならないようにと、父の事務室に入る人は少なかった。だが、毛毛と飛飛は例外であった。二人は小さいときから、父の事務室にある机の下に潜り込んだり、絨毯の上でとんぼがえりを打ったり、ごろごろ転がったり、ままごとをしたりして遊んでいた。それでも父にうるさがられなかった。

　毛毛と飛飛が大きくなってからは、親戚のごく小さい子を事務室に連れてきて遊ばせた。また、親戚の子を一人また一人とわが家に連れてきて養育した。その子らが大きくなったら、また一人連れて来る。「子供は生きている玩具だ」と父は言っていた。

1992年春、父は南方を視察し、その途中で重要な「南巡講話」を発表した。上海で�ｹ楠（右）に伴われる父

　1973年の春、父は名誉回復し、わが一家は北京に戻った。萌萌、眠眠、羊羊、小弟児という孫たちが相次いで生まれ、父に限りのない楽しみをもたらした。

　父の事務室の机には今でも、孫たちが贈った磁器の玩具が並んである。それは四つの小動物で、四人の孫それぞれの干支を表している。鼠は眠眠、虎は萌萌、羊は羊羊、子牛は小弟児である。また小さい籠があって、その中には七匹の太った豚が座っている。五匹の小さな豚は私たち姉妹兄弟で、二匹の大きな豚は眼鏡をかけていて、父と母をかたどったものだ。

　父はどの孫もみな愛していた。どの孫がいなくともすぐ、どこへ行ったかと聞き、探しに行かせる。この数十年、父は商店へ行ったことがなかったが、1992年、父が上海に行ったとき、上海のマーケットの見学がスケジュールに組み込まれた。すると父は突然、自分でも買い物をしたいと言いだし、四本の鉛筆と四つの消しゴムを買って、四人の孫に贈った。私たちは孫たちに「これがどんな意味かわかる？　それはね。お祖父さんがあなたたちに『しっかり勉強し、誤りがあれば正しなさい』と言っているのですよ」と教えたのだった。

　ある日、玉泉山に行った。孫たちは自分で柳の枝を編んで作った帽子を、お祖父さんとお祖母さんの頭にかぶせた。二人の老人は、若いころに戻ったように見えた。お祖父さんと写真をとりたい羊羊は、玩具のおサルもメンバーの一人に入れて、おサルの片方の手をお祖父さんに持たせ、自分はもう一方の手を持って、いっしょに写真に収まった。こんなときの父は、孫たちの言う通りにしていた。

　小弟児は一番小さい孫で、父は目の中に入れても痛くないほど可愛がった。私が写した写真の中で、父と小弟児がいっしょに写っている写真が一番多い。この時の父の表情は慈愛に満ち、安らかである。彼は小弟児に物語を語ってきかせ、ケーキを食べさせ、いっしょにタンポポの種を吹き、小弟児が海から拾ってきた小さい蟹を見る……。90にもなった老人は、すべてを忘れて、小さい孫とともにすっかりと童心にかえってしまうのだった。

　孫たちの積極性がもっとも発揮されるのは、お祖父さんの誕生日である。わが家では、孫たちがお祖父さんにあげるプレゼントは、お金を払って買ったものではない。自分の手でプレゼントを作り、お祖父さんへの敬愛の気持ちを示さなければならない。だから誕生日の数日前には、子供達はいつも私に助けを求めてくる。「伯母さん、今年のお祖父さんへのプレゼント、何がいいかなあ」と聞いてくるのだ。私は小さいときから民間に伝わる工芸が好きで、工作も好きだった。子供の頼みを断りきれなかった。

　連続3年、父は北戴河で誕生日を迎えた。孫たちがお祖父さんへ贈ったプレゼントは、3年とも、チョークで地面に描いた絵であった。父は孫たちが絵を描いている様子を見てとても喜んだ。絵の出来を尋ねられると、父はいつも「うまいよ、よく描けているよ」と答えた。

　その後の数年間は、孫たちのプレゼントはいずれも手作りの工作だった。父の90歳の誕生日には、孫たちはさまざまな色紙で90羽の小鳥を折った。それを糸で通して吉祥を表した。父の91歳の誕生日には、孫たちはやはり色紙で、91の凧を折った。92歳の時は、孫たちはいろいろな色の毛糸を買ってきて、大小さまざまの粽の形をした工作を作った。こうしたプレゼントを見て、父はいつも嬉しそうだった。

1990年、玉泉山にて。孫たちが柳の枝を編んで作った帽子をかぶっている父と母、それに私（�ｹ林提供）

　1989年11月9日、父がすべての仕事から退職した日に、四人の孫はお祖父さんに祝賀のカードを送った。そのカードの四隅には、蝶々結びをしたリボン四つがとめてあり、それぞれ四人を表していた。さらにカードの真中には、紅いハート形が描かれていた。これは子供たちの心を示している。そしてカードには、こう記されていた。「お爺ちゃまが、私たちのように、永遠に若くありますように」

　わが家の大広間の壁には今でも、一行の鮮やかな赤い文字が貼ってある。それは「1922―1989―永遠」と書かれている。これは私たち一家全員の思いである。

　私の心の中にいる父はいつまでも若く、父の革命精神は永遠である。

注：
（１） 中南海は北京の中心部にあり、中国共産党中央と国務院の所在地。中海と南海という大きな池があることから中南海と呼ばれる。
（２） 剣客などが活躍する時代物の小説。
（３）河北省秦皇后島西南にある海浜リゾート地。その一部は、党中央や政府の指導者が休養のため使う。
（４）建国直後、中国は六大行政区にわけられ、四川省など西南部は西南局が管轄した。
（５） 中年以上の男性を演ずるのがうまい言菊朋の流派。
（６） 朱徳（1886〜1976年）は、人民解放軍の創立者。四川省出身。元帥。
陳毅（1901〜1972年）は、外交部長、元帥。四川省出身。
（７） 四川料理で、豆腐を発酵させた食品。
（８） 「カイ」はいろいろな材料を混ぜて煮詰めた料理。（2002年3月号より）