特集2
野球界の挑戦がはじまった
子どもを魅了するスポーツに
 
すそ野拡大、大作戦

ボールの握り方から丁寧に指導する北京猛虎の羅衛軍コーチ

 昨年、中国には、実質的なプロ野球リーグである「中国野球リーグ」(CBL)が誕生した。そして今年、野球のすそ野拡大のため、プロの選手が子どもたちを指導する野球クリニックがはじまった。

 数十分前まで、自分の目の前でプレーしていたプロ選手が、手取り足取り野球の基本を教えてくれる。北京市豊台区師範学校付属小学校の野球チームに入って一年半の邵亜光くん(12歳)は、「やっぱり違うね」とうれしさを隠せない。

 ところがどうしたのだろう。直前までいたずらっぽい笑顔を浮かべながら、友達とはしゃいでいた彼らが、大先輩たちを前にして、緊張で固まってしまった。ピンッと背筋を伸ばして話を聞いたまではよかったが、キャッチボールの動きはぎこちなく、声も弱々しい。それでも、後ろにそらしたボールを全速力で取りにいく姿は、真剣そのものだ。

ユニフォームのないチームもある

 グラウンドの隅で、教え子の様子を見ていた邵くんのチームの劉景峰監督は、「CBLは子どもたちの原動力になった。普段からあんなに熱心なら楽なんだけど」と、いつも以上に一生懸命な教え子に苦笑いした。

 楽しそうに指導していた北京猛虎の劉建文選手(19歳)が、静かにつぶやいた。

 「みんなが続けてくれたら、うれしいなあ」

 劉さんが小さかった頃には、野球がいまほど注目されることもなければ、監督・コーチ以外の先輩から教えてもらう機会もなかった。中国大陸で比較的野球が盛んな北京と言えども、少年野球チームがある小学校は、三十校に届かない。中学には十数チーム、高校にはほとんどチームがないため、野球を続けたくても続けられなかった劉さんの友達は少なくない。野球を続けられたのは、ごくひと握りの省や市の代表チームに入ることができる技術レベルの高い子どもだけだった。

はじめての「出会い」

高い技術を持つ子どもは少なくない
記念のTシャツを着て練習

 中国では、親とキャッチボールをした記憶がある人はほとんどいない。野球チームのない小学校の子どもが、野球と出会うきっかけは、ほとんどが「スカウト」だ。

 北京市豊台区野球学校は、広東省広州市青少年野球体育学校とともに、中国に二校しかない公立の野球・ソフトボール選手養成学校の一つだ。他にも野球を教えている公立の体育学校は少なくないが、野球専門となると例がない。

 同校の校長を務める張錦新さんは、「まずは体格を見る。それからボールを投げさせて、素質のありそうな子どもをチームに入れる」と話す。基本動作をさせて、能力を測るのは、各種スポーツのスカウトで行われている典型的な方法だ。

 同校で練習しているのは、小学校高学年から中学までの野球少年。彼らは皆、通常の授業は普通学校で受け、放課後に練習に参加している。自宅が野球学校から遠く、練習参加が困難な子どもも、寄宿生として受け入れている。

普及への長い道のり

野球クリニック参加証明書は、子どもたちの宝物に?

 野球を観る機会が少なければ、それだけ、普及への道は長い。しかし、CBLが開始されたことで、子どもたちが野球を観る機会は増えた。

選手名簿を見ながら観戦

 中国では、大型のスポーツイベントがあると、会場近くの学校が、生徒を組織して応援に駆けつけることが少なくない。3月30日には、北京豊台野球場での北京猛虎対天津雄獅の試合を盛り上げるため、豊台実験学校の生徒たちが足を運んでいた。試合が始まったばかりの頃は、約700人の「さくら応援団」も、好奇心から打球の行方を追い、興味津々という感じだった。しかし、回が進むにつれ、いつの間にか反応がなくなった。

 中学部一年の張楚くんは、「見ていても面白くない」と不満をもらし、周りの同級生もしきりに首を立てに振り、賛同した。「だってルールが分からないもん」

 野球をはじめて5年目の中学部2年の任旭くんは、「みんなプレーしたことがないからだよ。自分でやってみたら絶対おもしろい」と反論する。

 野球少年は、CBLの選手にあこがれを持っている。プロ野球が発展し、その魅力に気づく子が増えれば、すそ野は徐々に広がっていくだろう。(2003年7月号より)

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野球少年の声

 編集部では、野球チームにアンケート用紙を配り、野球少年の声を集めた。ここに紹介したのはごく一部だが、中国での野球の位置付けや野球少年の想いを感じてほしい。

(アンケート用紙は、北京市豊台区師範学校付属小学校、河南省新郷市体育運動学校、四川省攀枝花市体育運動学校、天津市北辰区体育運動学校、天津市塘沽区第12中学校の合計5チームに配布し、9〜18歳の71人が協力してくれた)

【野球のどこがおもしろい?】
・体と思想の両方を鍛えられるところ(韓鳴躍・9歳)
・選手同士の連携や団結精神が必要なところ(胡勝林・18歳)
・心を鍛えられて、怠け心に打ち勝てるところ(李建超・17歳)
・捕るのも打つのも簡単。ボールを見さえすればいいところ(毛俊鵬・10歳)
・天津雄獅と北京猛虎の試合を観て、はじめて魅力を知った(高鵬・12歳)
・陸上競技のように単調ではなく、全面的な素養を伸ばせるところ(李向栄・17歳)
・見た目は簡単なのに、練習すればするほど難しくなるところ(朱慶華・16歳)
・野球をはじめた時は、勉強に影響が出るんじゃないかと心配だったが、練習をはじめてから、かえって学校の成績もよくなった(董佳興・14歳)
・動きが華麗。生まれつきの趣味(胡鍾強・12歳)
・スライディング、バッティング、ダイビングキャッチ(王超・14歳)
・科学的で、奥深い(張泉・13歳)

【将来の夢、希望、悩み】
・野球選手(スポーツ選手)になること、有名選手にな ることなど(ほぼ全員)
・科学者になること(王鴻宇・9歳)
・巨人軍(日本)とドジャース(アメリカ)の試合を生 で観戦すること(呂鵬程・13歳)
・教養のある人になること(何俊伸・12歳)
・中国で野球に注目している人は少なくはない。たくさ ん報道してほしい(銭鳳源・12歳)
・サッカーと同じように、人気スポーツになってほしい (王鴻宇・9歳)
・良いグラウンドがないこと(でも、一生懸命練習して いる)(司法通・17歳)
・日本の学生を含めた多くの人と野球を通して交流した い(鄭元魁・16歳)

【初めて野球と出会った時にどう思った?】
・新鮮で、他のスポーツと違って見えた(李超・15歳)
・一目見て好奇心が刺激された(蕭剣・16歳)
・最初はおもしろくなかった(楊成治・16歳)
・他のスポーツよりずっと疲れる(馬英傑・11歳)
・ルールが複雑すぎる(張威揚・10歳)
・ボールが恐かった(王普E10歳)
・すぐに魅了されて、まるで友達のように感じた(韓宇・16歳)
・スピード感があって刺激的(李子楠・17歳)
・(すぐに違うとわかったが)最初だけ簡単に見えた(李ス・17歳)
・グローブでボールを捕ることが新鮮(周思棋・11歳)
・ユニフォームがカッコいい(李曽眩・13歳)
・緊張、興奮、恐怖(周攀・13歳)