特集 (その2)
銘文に秘められた西周の歴史

「ライカ」 西周(紀元前11世紀〜同771年)。高さ48センチ、長さ52センチ、重さ12キロ。2003年、陜西省宝鶏市眉県楊家村出土。「ライカ」の虎形の鎖。

 楊家村から出土した青銅器は、整理の結果、青銅の鼎が12件、鬲が9件、壺が2件、イ、盤、盂、カが各1件であることが分かった。鼎は通常、三本脚で耳の二つある釜状の器、鬲は脚が中空の鼎、壺は口の狭まった器、イは取っ手の付いた器、盤は平らな鉢状の器、盂は盤よりやや深い鉢状の器、カは蓋と注ぎ口のある、味を調える器である。

 専門家が驚いたのは、錆びを落とした結果、27件の青銅器のすべてに銘文があったことである。しかも、その中の「四脚耳付きライ盤」には、372字の銘文があった。これは、有名な国宝級の文物である「史墻盤」の銘文よりも八十余字多い。

「43年ライ鼎」(「43年ライ鼎」は全部で10件出土した)。西周(紀元前11世紀〜同771年)。2003年、陜西省宝鶏市眉県楊家村出土
「43年ライ鼎」の銘文の拓本(北京歌華文化発展集団提供)

 中国の埋蔵文物発掘の歴史で、今回ほど出土品の量が多く、その形状が大きく、内容が重要で、保存が良い、という例はめったにない。とりわけ銘文が重要である。これまでに出土した1万件以上の青銅器に記されていた銘文は、全部で1万字余りだが、今回出土の27件の銘文を合計すると、2000字にも達する。

 青銅器を鋳造するには多くの財力を使う。西周晩期は、中央政府の勢力が衰え、経済は疲弊していた。西周の早期と比べれば、この時期の青銅器は、器の肉の厚さはやや薄く、描かれた文様が簡単で大まかである。とはいえ今回の出土品は、西周晩期にもかかわらず精巧で、美しい。

 今回の出土品の一つである「単五父の壺」は、酒を入れたと思われる。壺の首は長く、口は四角で、腹が垂れた楕円形をしていて、両側には竜の口は輪をくわえている。

 また、壺の頚部は、環帯紋と凸弦紋で飾られている。壺の腹部には、数匹の竜がからみ合う文様があり、腹部の中央に竜の首が突起している。壺の蓋の外側は、環帯紋で、内側は2匹の竜がからみ合う装飾文様がある。この壺の造型の優美さ、装飾文様の美しさ、鋳造技術の精巧さから、これは青銅器の中の逸品ということができる。

 「ライカ」は、造型と装飾文様がいっそう精巧で美しい。カは通常、その腹が大きく、足は三本である。「ライカ」は普通の に比べ、形が風変わりである。その本体の形は平たい円筒形をしていて、まるで鼓のようだ。その口は長方形で、蓋は鳳の形をしている。まるで鳳が首を高くもたげ、両翼を羽ばたかせて、まさに飛んで行こうとしているかのようだ。

「盂」。 西周(紀元前11世紀〜同771年)。高さ45・2センチ、口径56・4センチ、腹部の深さ33・6センチ、底部の直径42センチ、その高さ9・6センチ、両耳の距離63・4センチ、重さ34・5キロ。2003年、陜西省宝鶏市眉県楊家村出土。
「盂」の耳の部分

 「ライカ」の蓋と取っ手は、虎をかたどった鎖と二つの環でつながれている。虎が跳び上がろうとする姿は、勇猛な印象を与える。もっとも巧みなのは、虎の頭が左側に傾いているため、蓋を開けるのに便利であり、またそれによって虎をさらに生き生きとした姿にさせていることだろう。

 注ぎ口は竜頭で、取っ手と四本の足も竜をかたどっており、これらは、周代の人々の竜に対する崇拝を示している。

 「ライカ」の装飾文様も美しい。例えば腹の両側に、三重の円形の図案があるが、それらは外側から内側にむけ、変形したキ竜紋、重鱗紋、蟠竜紋が渦巻き状になっている。構図は充実し、文様の線はスムーズだ。

「叔五父のイ」。西周(紀元前11世紀〜同771年)。高さ18・4センチ、口径15・6センチ、腹部の深さ9・4センチ、取っ手から注ぎ口までの長さ36センチ、重さ2・4キロ。2003年、陜西省宝鶏市眉県楊家村出土。

  カがどう使われたかに関しては、いくつかの説がある。最初はおそらく、祭祀のときに酒を入れたり温めたり、あるいは水を加えて酒の濃度を調節したりする酒器として使われたのだろう。しかし「ライカ」は水を入れたもので、祭祀の際にまずこれから水を注いで手を洗い、敬虔と清浄を表したという説もある。史書には、周の天子がかつて「無彝酒」(酒に酔ってはならないこと)を宣したと記載されていることや、これが出土したとき、傍らに水を受ける盤が置かれていたことから見て、こうした説にも説得力がある。

 青銅器の上に銘文を鋳出することは、商(殷)代に始まった。しかし商代の銘文はかなり短く、しかも文字の数は多くない。西周は「礼」による貴族社会であり、貴族は器物の上の事柄を銘文にして、それを長く世に伝えたいと考えたに違いない。

北京の中華世紀壇で展示された陜西・眉県出土の青銅器群

 銘文の内容は幅広く、周王が青銅器の主に対し褒賞や冊封(位を与える)をしたことや、器の主の政治的業績、戦功、祭祀、誓約、契約、交換、訴訟などを記載したりしている。

 今回発見された青銅器には、全部に銘文があった。こんなことは、これまでの発掘調査ではなかった。しかも、西周中期の1件の盂を除く26件の青銅器の銘文は、すべて1人の人が作ったものであった。さらにそのうち2件は、300字以上の長さがある。このことから、周の人々の「文を尚ぶ」風潮は、西周晩期に頂点に達したことがうかがえる。

 銘文は、書としての水準も高い。とくに「ライ盤」と二件の鼎の銘文は、器の湾曲した内側に鋳出された長文のもので、文字の配列が巧みで、筆の運びは力強くて素晴らしい。2003年9月号より