(その2) 活気づく油絵市場


北京・潘家園の骨董市場では、油絵がよく売れる。ここでは主に油絵の複製品や模写が売られている。価格が安いので庶民にも手が届く

 改革・開放の大波に乗って、中国の油絵は、空前の発展を遂げつつある。写実、超写実、抽象、新表現など、各種の流派が次々に舞台に上り、スポットライトを浴びている。こうした活況の中で、油絵を売買するマーケットも、ひそやかに、しかし急速に発展を始めた。

 豊かになった都市の市民は、いまや油絵を買い求め、自分の家の中に飾る心の余裕ができた。大都市には画廊が次々に店開きし、利殖や投資を目的とした油絵の収集家の集団も現れてきた。中国で油絵ブームは、中国社会のある種の成熟を示しているといえそうだ。

続々オープンした画廊

 この数年来、中国の画廊の総数は毎年増加している。インターネットで「画廊」と入力し、検索すれば、百以上の画廊の名前が出てくる。画廊はそれぞれ、ネット上の虚構の展示室に、ネットで買った作品を展示し、ネットを通じて販売する。北京、上海、深ロレなどの大都市では、画廊が芸術品の一流のマーケットとなっている。とりわけ新しい画家を世に出す面では、画廊の果たす作用は大きい。

 北京の古玩城(骨董ビル)の北側にある「秦昊画廊」は、行ってみると、一人の、か弱そうな女性が流暢な英語で客に油絵を紹介している姿が目に入る。この人こそ、画廊の女主人なのだ。

自分の作品の前で、テレビのインタビューに答える画家

 彼女の名は張秋瑩。30を少し過ぎたばかり。陝西師範大学の外国語学部を卒業した。しかし教師の仕事に向かないと、1992年末、親友の助けで北京にやってきた。

 彼女ははじめ、小さいけれどもちょっと評判の画廊で働き、だんだんに画廊の基本的な仕事のやり方を習得した。しかし1995年、画廊は不景気となり、張秋瑩は失業の危機に直面した。このとき彼女は、親戚や友人の励ましと援助を受け、北京で画廊が密集している日壇公園付近に、自分の画廊、「秦昊画廊」を開いた。

 2002年、日壇の道路が拡張され、それに伴って画廊は引っ越さなければならなくなった。張秋瑩は新しい店を、北に潘家園、南は古玩城にはさまれた現在の場所に選んだ。「この一帯は、外国人がよく来るところです。私の顧客は主に外国人ですし、またリピーターが多い。だから、店の場所がわかり難いといっても、商売には影響しません」と彼女は言う。

中国の書画を扱っている老舗の栄宝斎も九〇年代に、油絵の画廊を始めた

 他の画廊と違って秦昊画廊が売り出すのは、ほとんど新人の新作である。しかも張秋瑩自身が、自分の鑑賞能力によって作品を選択している。彼女が推薦した画家はほとんど評判をとる。画廊を開設して以来、ここから世に出た画家はどれほどいるか分からない。張秋瑩の記憶では、最盛期は毎週一人の画家を売り出した。そのうちかなり多くの画家の作品は、国際市場で取引されている。

 画廊の隆盛は、中国の油絵の繁栄をもたらしただけでなく、画廊の中で油絵の占める地位を再評価させた。これまで国画だけを扱ってきた百年の老舗、栄宝斎は、1993年、西画廊に油絵を陳列した。店内に油絵の作品を掛けている画商や画廊は、ホテル内の画廊も含め北京では百店以上ある。

 広州の文徳路は、書画芸術品の専門街で、もともと「広州画廊」と呼ばれてきたが、近年、ここにも油絵の作品が出現した。上海ではわずか5、6年の間に、500軒近い油絵専門の画廊が誕生した。その後、激しい競争で淘汰されたが、現在なお、300軒以上ある。

 これまで多くの画廊は、基本的にそれぞれが独自に営業を進め、画廊経営にはモデルがなかった。今年4月22日から26日まで、中国国際画廊博覧会が北京で開かれる。おそらくそれは、画廊の発展に一筋の道を示すに違いない。

投資の対象となった油絵

熱心な油絵のコレクター、傅亜民(撮影・劉世昭)

 中国で最初に、中国の油絵の価値を理解したのは、間違いなく北京に住む外国人だった。1990年代の中期までは、中国の油絵はほとんど買手市場がなく、オークションは、金額ではなく、取引そのものが成立するかどうかが問題だった。

 近年、人々の投資と購買力が高まり、鑑賞のレベルも高くなってきた。これにつれ、西洋の芸術品の市場は、かなりの部分が油絵で占められるようになり、ますます多くのコレクターと投資家が注目し始めた。

 中国でもっとも早く油絵のコレクションと投資を始めた人たちは、一般に、オークションの市場から入ってきた。北京環碧堂古典家具館の理事長、李国勝はもともと、米国在住の画家、陳逸飛の油絵を推奨した人物で、彼は陳逸飛の二点の作品を、286万元と122万元で購入した。近年、彼は中国現代の芸術作品を、意識的にコレクションし始めた。投資家として彼は、そう遠くない将来、中国の油絵は、世界の油絵の歴史に一定の地位を占めるだろうと考えている。

 純粋に趣味から出発した別のコレクターもいる。新芸苑文化芸術発展センター総経理の傅亜民はその典型である。高校のとき彼は油絵を学んだが、油絵に対する興味をずっと持ち続けていた。

 1995年から、経済力がある程度ついた傅亜民は油絵のコレクションを始めた。多くのコレクターと違うのは、彼が画家や作品の価値が将来値上がりする力を秘めているかどうかを重視する点だ。だから彼のコレクションの多くは新人の作品で、現在、50点以上にのぼる。

香港で開かれた「現代中国油絵」のオークションで、早い時期の油絵画家、林風眠の『漁村豊収』が三百五十六万香港ドルで競り落とされた

 第3回中国油絵展の期間中、傅亜民は毎日必ず会場にやって来て、3000余元で30冊以上の画冊を全部買い、詳しく研究し、作品を選んだ。そして彼は、気に入った油絵5点を購入した。

 人々の生活が改善され、鑑賞の水準が高まるにつれ、油絵は普通の庶民の家に入り始め、インテリアの主流となった。古都、西安では、ますます多くの新婚夫婦が、これまでの伝統的な結婚衣裳を着た記念写真に替って、油絵で結婚の記念画像を描いてもらうようになっている。

 油絵のコレクターが絶えず増加するのに連れて、中国のオークションの市場も日増しに活況を呈している。1994年に中国でオークションが復活してから、各オークション会社は油絵のオークションを始めたが、その規模や成約額はたいしたものではなかった。

張秋瑩と彼女の開いた秦昊画廊

 しかし10年たった現在では、中国の油絵のオークション市場は質的な飛躍を遂げた。2003年11月、中国最大のオークション会社である嘉徳国際公司が北京で開いた秋のオークションでは、わずか3日間で、成約額は2億5000万元を突破した。
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 しかもその中の中国の油絵と彫塑は、140件がオークションにかけられ、成約率は81・4%、成約額は1500万元近かった。また、買い手は中国国内が80%以上に達した。ほとんど同時に広州で開かれた嘉徳の秋のオークションでは、徐悲鴻の油絵『浴』が、599万5000元という高値で競り落とされ、国内の油絵のオークション市場における最高値となった。(2004年4月号)