復帰後10年 香港はどう変わったか
特集2
 
普通の庶民の、普通の暮らし

「87D」の二階建てバスを運転する陳玉彬さん(本人提供)

 海外移住を考えた人は、お金持ちやインテリ、中国大陸から移住してきた人たちが多い。しかし大多数の香港住民は、海外に移住することなど考えなかった。なぜならほとんどの人が香港で生まれ、香港で育ち、香港人として生きて来たからだ。普通の庶民はこれからも香港で、ささやかな幸せを求めて生きていこうとしている。

ぬくもりのある二人の世界

 陳玉彬さんの家はカオルーン(九竜)半島のニューテリトリー(新界)にあるサイコン(西貢)の海辺のハオヨンサンチュン(ゴウ涌新村)にある。青い山と緑の樹木に囲まれて、ベージュや淡いピンクに塗られた三階建ての、小さいが手の込んだ住宅である。ベランダや小さな庭には、色鮮やかな花や緑の植物が生き生きと、庭からはみ出すように頭を出している。ただ、住宅と住宅の間は狭く、もともとの狭い道に沿って曲がりくねったり、斜めになったりしながら住宅がびっしりと建て込んでいる。

 陳さんは、その中の一つの建物に住んでいる。今年40歳。香港の九竜バス会社の運転手で、毎朝3時に出勤し、二階建ての大きいバス「87D」を運転して、京九鉄道のホンホム(紅勘)駅とマーアンサン(馬鞍山)の間を往復している。

陳玉彬さん、譚徳培さんの夫婦にとって、ペットの犬は宝物だ

 午後3時に退勤すると陳さんはいつも、家の近くの食料品マーケットで野菜や生鮮食料を買い、家で晩ご飯を作る。香港では食事をするのはとても便利で、仕事を終えてから家に帰ってご飯を作る男性は少ない。

 「実際、疲れて作りたくないときもあるのだが、家内が翌日、家から弁当を持って行きたいので、毎日、メニューを変えて作っているのさ」と陳さんは言った。

 陳さんの奥さんの譚徳培さんは、香港住友公司で秘書をしている。毎日の仕事は厳しいが、40歳の彼女は30歳そこそこにしか見えない。それは陳さんのような思いやりのあるご主人があってこそなのだ。

 奥さんも、陳さんのような良い男にめぐり会えたのはラッキーだったと認めている。「実際はね、彼は食事を作るのが好きなんですよ。外で何かおいしいものを食べたら、家に帰ってすぐ、あれこれ自分で作っているんですから」とからかった。

スタンレー(赤柱)は欧米の観光客に人気がある

 料理のほか、陳さんは撮影にも熱中している。この数年、夫婦は毎年のように海外旅行をしてきた。カナダ、アメリカ、日本、インド、エジプト、ヨーロッパ、オーストラリアを全部回った。

 二人は結婚するとき、子どもをつくらないと決めた。「私たちはあまり子どもが好きではない。それに子どもを育てるのは大変で、大きな圧力がかかるから」と陳さんは言う。現在、この夫婦の「圧力」は、一日も早く住宅ローンを完済することだ。

 香港は「土一升、金一升」の土地柄。一般の人々の住宅は6、70平米しかなく、値段は100万香港ドルから200万香港ドル(約1580万円から3150万円)。にぎやかな市内から遠く離れたところに住宅を買ったのは、ここの美しい環境を気に入ったためだと奥さんは言う。

 「朝起きて、鳥の鳴き声が聞けるのが好き」と言う。彼女がこの住宅に満足している。この70平米の住宅の価格は、170万香港ドルだった。彼らは毎月1万香港ドルほどの住宅ローンを返済しなければならない。幸い、夫婦の今の仕事は良い方で、毎月およそ3万香港ドルの収入があるという。

警察の態度が変わった

忙しそうに人が行き来するチャーターロード(遮打道)

 仕事について陳さんは「自分は運が良かった」と言う。彼はこのバス会社で10年仕事をしたが、その前は個人経営のアパレル製造工場で、事務員をしていた。高校卒の学歴しかなかったので、昇進の見込みがあまりない。年をとるにつれ、陳さんは、会社に何かあれば、自分の年齢と学歴では新しい仕事を探すのは難しいではないかと心配していた。

 そこで陳さんは、30歳の時にその工場を辞めて、バス会社の運転手の試験を受けた。その会社はアジア最大の個人経営の会社で、管理もかなりきちんとしていて、失敗がなければ定年まで勤められるし、年金もある。陳さんが気に入ったのは、この会社の経営が安定していて、賃金が比較的高いことだった。

ニューテリトリーのサイコンの海岸にある海鮮料理は、観光客に人気だ

 バスの運転手になると、交通違反の問題や乗客からの苦情などで、警察と付き合うことがよくある。「今の香港の警察はすごく変わったよ。以前の警察は、帽子に(英国の権威を象徴する)王冠の徽章を付けて威張り、私たちにはとても厳しかった。今は違う。警官の前で、私たちはお客のように振舞える。こんなことは以前にはなかったことです」と陳さんは言う。

 彼が運転するバスには、中国大陸からの観光客がよく乗る。「観光客に道を尋ねられたら、いつも詳しく教えるようにしているよ。こんなに多く、大陸の観光客がやって来るのは、香港にとって良いことだから」と陳さんは言う。

 「私たちは以前、ニュースには無関心だった。それは香港では何事も、英国人が言う通りで、私たちとはかかわりのないことだったからだ。今は、中国国内の経済がよければ、私たちももっとよくなる。私たちとも関係があることが分かったよ」 (2007年7月号より)




 
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