名作のセリフで学ぶ中国語B
 
春の惑い
 
監督・田壮壮(ティアン・チュアンチュアン)
2002年・中国 116分

第59回ヴェネチア国際映画祭コントロコレンテ部門
グランプリ(サンマルコ賞)受賞


 


あらすじ

 抗日戦争が終わってまもない江南の田舎町。体の具合がすぐれない夫、礼言とその妻の玉紋は会話もあまりなく味気ない夫婦生活を送っている。そこに上海から礼言の友だちの医師の志忱が訪ねてくる。志忱は玉紋の初恋の相手だった。結婚生活に絶望している玉紋は一度は消したと思っていた志忱に対する思いが胸に再燃するのを抑えきれない。玉紋と志忱が惹かれあっているのに気づいた礼言は身を引こうと睡眠薬を飲んで自殺を図るが、志忱の蘇生で一命をとりとめる。結局玉紋は夫との生活に戻り、志忱は上海に帰っていく。

解説

 田壮壮監督の10年ぶりの映画で、しかも中国映画史上最高の名作といわれる『田舎町の春』のリメイクということで中国でも日本でも話題になった。前作は国共内戦期に作られ、抗日戦争で疲弊した知識人の虚しい心境が色濃く反映された成熟したメロドラマであった。今回の作品は物質主義の今の中国社会で息苦しさを感じている人々の精神性を反映しているのかもしれない。ただ前作と比べて私が特に感じたのは、俳優の精神年齢の差。おそらく、前作と俳優たちは実年齢はほぼ同じぐらいだろうけれど、その演技も表情も何と幼いこと。日本人もそうだが、若い人がどんどん幼児化している傾向は中国でも顕著らしい。だから、美術も美しく、演出も手堅いのにせっかくのメロドラマ部分に陶酔できなかった。もっともヒロインを演じた新人女優はなかなかで、美人ではないのだが、おとなしそうな雰囲気なのに時折はっとするような色気を見せる。こういう女性を中国語では「悶騒」という。見るからに色気のあるコン・リーみたいなタイプは「風騒」。第5世代監督の中でも女性に一番もてるという田壮壮監督だけに女優の見つけ方はさすがである。

 日常になってしまった夫との生活に厭き、かつての恋人の出現に心をときめかすが、結局は夫との人間的絆を選ぶという結末は、いまの中国人の恋愛結婚観を知る者の目には何だかものすごい時代錯誤を感じてしまうが、それとも現代の中国人への皮肉か警鐘なのか。でも抑制した感情の美しさは、日本でも一般の観客の共感を呼んだとは思えず、評論家の受けはよかったが、ヒットには至らなかった。同じ男2人と女1人の恋愛関係を描いた作品でも『小さな中国のお針子』のほうが女性の共感を呼んだのは、最終的にはどちらの男も選ばずに村を出て行く毅然としたお針子の姿に現代性を見たからだろう。そう思うと、お針子と同年齢のヒロインの義妹も、初恋に破れたからって上海に出て大学に行くこともやめてしまうなんて、あまりに後ろ向きで歯がゆい。

それでまた、あの人にすまないと思う。

見どころ

 何と言ってもこの映画の最大の魅力は衣装と美術。この作品のチャイナドレスを『花様年華』のチャイナドレスと比べて欲しい。一口にチャイナドレスといってもずいぶん違いがあるのが分かる。『花様年華』のよく言えばモダン、悪く言えば品のないチャイナドレスはいかにも香港60年代風で『花様年華』にも隣家の奥様役で出演しているレベッカ・パンが60年代当時好んで着用した中西折衷のチャイナドレスに似て、ハイヒールにおおぶりのアクセサリーを合わせる。『春の惑い』のチャイナドレスは解放前の旧中国の良家の婦女が着用したタイプで、その渋い色と模様が何とも粋。アクセサリーは翡翠などの天然石のこぶりなもの、靴はサテンか布の平靴を合わせる。

 もう一つの見どころは舞台の朽ちかけた江南の旧家の邸宅とその家具の数々だ。太湖に突き出た、陸巷という村にある敷地面積3000平方メートルの明代宰相の住居だった建物を使って撮影されたという。ヒロインが刺繍をする場面の窓枠の美しさ。このシーンだけでもこの映画を観る価値がある。中国家具の中で洗練の極みと言われる明朝式家具は本物の骨董なのか、美術さんが作った物か判然としないが、中国でも最近出現してきた空間プロデューサーが明朝家具のレプリカに凝るはずで、垂涎物の美の世界を堪能できる。2004年3月号より