名作のセリフで学ぶ中国語C
 
ヘブン・アンド・アース
(天地英雄)
 
監督・田壮壮(ティアン・チュアンチュアン)
2002年・中国 116分

第59回ヴェネチア国際映画祭コントロコレンテ部門
グランプリ(サンマルコ賞)受賞
 
 

あらすじ

 七世紀初めの唐の時代。遣唐使の来栖旅人は帰国を願い出るが許されず、皇帝の密使として辺境の西域に派遣される。任務は朝廷の罪人を見つけ出し処刑すること。西域での10年が過ぎ、働きを認められ日本への帰国を許され、唐の最西端である拓厥関を守る将軍の娘文珠を伴って長安に戻ることになる。西域では異民族突厥との戦いが頻繁になっており、将軍は娘の身の安全を来栖に託したのだ。しかし、長安への道中、来栖は偶然にも何年も姿を消していた罪人李の姿を見つける。李は元は文珠の父の将軍の配下の有能な連隊長だったが、突厥人の捕虜の女子供を斬れ、という命令に背いて、部下数名と逃亡したのだった。忠実な部下とも別れ、一人逃亡を続けるうち砂嵐にあったところを偶々朝廷の隊商に助けられ、同じ砂嵐で護衛兵のいなくなった隊商を長安まで送り届けることになる。かつての隊長と再会した李の部下たちは、なぜか馬賊たちに隊商が追われていることを知り、平穏な生活を捨てて、隊長と同行することにする。その李を追う来栖は、李と部下たちの男気にだんだん惹かれていき、また突厥兵と馬賊に狙われる朝廷の隊商を守るため、文珠を連れたまま李たちと行動を共にし、熾烈な闘いに巻き込まれていく。

解説

 フィクションでありながら、歴史的背景を抑えたストーリーである。来栖は唐王朝で武術と兵法を学び、武官として朝廷に仕えたという架空の日本人だが、阿部仲麻呂だけが有名だけれど、もしかしたらこういう日本人もいたかもしれない、と思わせる。帰国を何度も皇帝に上奏して左遷されるというのも、阿部仲麻呂が安南都護府に左遷されたのを踏まえて、来栖は安西都護府といううまい設定だ。監督自身、遣唐使の名簿を調べた時に帰国したかどうか不明という人物が何人かいたことがヒントになったと語っている。その来栖と李が、本来は敵対する立場にありながら、お互いに人間として惹かれていくというのも、日中間にいろいろと問題はあるけれど、結局は個人と個人の結びつきが大切なのだ、というメッセージにも受け取れる。

 ただ、隊商が運ぶ仏舎利が超自然現象を引き起こして異民族をひれ伏させ、唐王朝はその仏舎利の加護を得て世界に冠たる大帝国になったというエンディングはいかがなものか。せっかく、今時珍しいアナログなリアリズムで押してきた戦闘シーンが逆に新鮮だったのに、最後に無理やりCG処理で結末づけられてしまうのは、木に竹をつないだような違和感がある。

 中井さんの台詞が到底日常会話のレベルではなく、難解な台詞を覚えるのにどんなに苦労したかを偲ぶため、来栖の台詞をいくつか挙げてみよう。

見どころ

 遣唐使を演じる中井貴一の流暢な中国語の台詞。しかも格調高い文語調。吹き替えではなく、すべて中井さんが自分で喋っている。実は私は中井さんの通訳として、3カ月半に及ぶ新疆ウイグル自治区でのロケに随行、苦楽を共にした。いろいろ思い出は尽きないものの、何といっても各ロケ地がほとんど前人未到の地で、中国人でもなかなか訪れないであろう秘境であったこと。そのため、新疆でも数カ所にわたるロケ地の移動だけで毎回1000キロ以上という道のりを踏破し、各ロケ地も宿泊施設から撮影現場までは車で片道1時間はかかるという、肉体的にかなりハードな撮影だった。その苦労の甲斐あって、中国の秘境観光としても楽しめる作品になっている。

 監督の何平は秀作『双旗鎮刀客』で、雰囲気だけで剣術のすごさを表現するユニークなアクション映画を撮った人。今回もアメリカの西部劇を中国を舞台に撮った『シルバラード』と『インディージョーンズ』の中国版といったような趣がある。もっとも監督自身はアメリカの西部劇よりマカロニ・ウェスタンが好きで一番好きなのはクリント・イーストウッド主演の『夕陽のガンマン』だと言う。とすると、これはさしずめチャイニーズ・ウェスタンというところか。2004年4月号より