名作のセリフで学ぶ中国語(28)

 

単騎、千里を走る。

(千里走単騎)


監督・張芸謀
2005年 中国 104分

1月下旬日本公開

 


あらすじ

 秋田県男鹿半島の漁村に暮らす漁師の高田剛三のもとに長年疎遠になっている息子の健一が癌に侵されて余命いくばくもないという知らせが届く。高田はすぐに上京し病院に健一を見舞うが、健一は父親に会うことを拒否する。気落ちして病院を後にする高田に健一の妻が渡したビデオテープには、大学で中国の伝統劇を研究する健一が足繁く通っていたという中国雲南省の仮面劇の役者が映っていた。それを見た高田は健一に代わってその芝居を撮ろうという強い衝動に突き動かされ、1人雲南省の麗江へと赴く。そこで高田は日本語は拙いが気のいいガイドの青年との2人3脚で、ようやく傷害罪で監獄に入っていた仮面劇役者の撮影にこぎつけるが、肝心の役者が自分の息子に会いたいと号泣して芝居にならない。ちょうどその頃、国際電話で健一の死を知った高田は役者の息子を探し出し連れてきて会わせようと決心する。

解説

 2000年に『あの子を探して』の宣伝で張芸謀監督が来日した時、同作品に深い感銘を受けたという高倉健さんが是非監督に会いたいと取材の終わった監督を迎えに来たことがあった。翌日、監督はうれしそうに高倉さんにもらったという革ジャンと腕時計を私に見せてくれたものだ。まだ西安の織物工場で働いていた頃、中国で一世を風靡した日本映画『君よ、憤怒の河を渉れ』を見て以来の高倉ファンなのだという。その時から高倉健主演、張芸謀監督で『あの子を探して』のような素朴で人情味のある物語をというプロジェクトは始まった。

 映画は不思議な生命を持つものだ。監督と主演俳優の思い入れがどんなに強くても、その作品が思ったような出来になるとは限らない。この映画の撮影をずっと追ったメイキング映像を翻訳したが、正直言って高倉さんと中国のスタッフやキャストとの間に生まれた交流のほうが、映画本編よりもずっと感動的だった。一体何がいけなかったのかとつらつら考えるに、一つにはあまりに高倉さんの意向に沿って書きすぎた脚本そのものの弱さがある。『あの子を探して』の魏敏芝が張恵科をひたむきに捜す動機には説得力があったが、高田親子の間に一体何があったのか決定的なことを語らないまま、いくら父と子の確執と親子の情を訴えても説得力に乏しいため、感動の押しつけになってしまっている点は否めない。

 もう一つは『あの子を探して』のような素人だけのドキュメンタリータッチ、あるいは、無名の新人俳優と素人を使った『初恋のきた道』と比べると、この映画はあまりにスター「高倉健」を中心にしすぎている。そこに無理はなかっただろうか。健さんはその存在が演技を超越している俳優だとよく言われる。山田洋次監督も言うように、カメラの向こうに立っているだけで絵になる人なのだが、高倉健主演映画が厚味のあるものとなるためには、倍賞千恵子、田中裕子、大竹しのぶのような芸達者が脇を固める必要がある。今回は共演者がズブの素人ばかりだったために、彼らも確かに実に味のある素人さんたちなのだが、高倉さんの存在そのものが演技という演技を際立たせるまではいかなかったと思う。そして、監督があまりに高倉さんを偶像視していたがために、演出に遠慮はなかったのだろうかという疑問もある。高倉さんの人間的魅力が中国人キャストやスタッフに感染し、日本人に対する見方が変わったという美談だけで終わるにはあまりに惜しいプロジェクトだったと思う。


 

見どころ

 今回は見どころではなく、昨年の暮れに麗江で行われたプレミアの話。北京での派手な演出が話題になった『HERO』『LOVERS』のプレミアとはうってかわって、今回は中国でも初めてという地方都市でのプレミアとなった。直前に行われた陳凱歌監督の『プロミス』の北京プレミアが相変わらずの派手路線だったのに比べると、この麗江プレミアは実にユニークで上手い宣伝方法だと思う。麗江市をあげての歓迎ムードも少数民族色豊かで、ローカル色溢れるこの映画にふさわしいものだった。

 ただ、プレミアに招待された記者がほとんど北京から監督たちと専用機で現地入りしたメディアで、交通費滞在費食費は製作会社持ちという所謂ジャンケット・ツアーだったので、作品の批判はまったく出てこない。案の定、会場出口で日本のテレビ局が行った観客インタビューは映画を褒める声ばかり。それでも、中国のメディアが行った記者会見にはなかなか鋭い質問も出て、逆に日本から行ったメディアだけで行われた記者会見の当たり障りのない質問に比べると、聞き応えがあった。中国の監督や俳優は日本に来るとよく日本の映画記者は礼儀正しい、中国の記者は無礼だと言うが、私は日本の記者の質問は表面的形式的すぎると思う。時には無遠慮なまでに突っ込んだ質問をする中国のほうが面白い。張芸謀監督も日本の記者の質問には目をつぶっていても答えられるというふうだったが、中国の記者会見ではメモを取りながら慎重に言葉を選んで返答していた。映画記者にも国民性の違いがうかがわれて改めて日中の文化の差を考えさせられる。

 プレミアに先がけて行われた少数民族の歌手やネットでの人気歌手が出演した屋外コンサートでは、ストリート・ファッションの若いラップ・シンガーが張芸謀監督の全作品のタイトルを歌詞に歌いこんで踊ったのが楽しかったし、最後に監督と高倉さんを舞台に上げて観客と一体になって歌った『紅いコーリャン』の「酒神の歌」は非常に感動的で、まさに祝祭といった感じだった。(2006年4月号より)

水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。

 


 
 













 
   
 

















 
 
 
     
     
     
     
   

 
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