世界の屋根を走る大プロジェクト
   青海・チベット鉄道着工


                     侯若虹

 
 

 21世紀を迎えたばかりのチベットの人々に、吉報が届いた。中央政府が全額投資して建設する青海省とチベット自治区を結ぶ鉄道――青蔵鉄道が今年6月末着工された。

 新中国が生まれて50年余り、チベット自治区は、いまだに鉄道が一本も走っていない中国の唯一の地区である。だが今後数年のうちに、中国の鉄道建設史上、最後に残された空白が埋められることになるのだ。

   

        50年来の夢の実現

 新中国成立後、青蔵鉄道の建設はずっと、政府が大きな関心を寄せるテーマであった。

 1951年から54年までは、青海省からチベットに入るには、駱駝に頼るほかにはなく、全国の駱駝の四分の一がここに回された。しかし毎年、少なからぬ人命と駱駝が途中で失われた。  54年に青海とチベットを結ぶ簡易道路が開通したが、チベットのラサまでガソリンを運ぶのに、これを運ぶ車がガソリンの半分を使ってしまうありさまで、しかも自動車隊は毎年、多くの人命を失ってきた。

 55年10月、鉄道部の西北設計分局は、ジープ一台を使って青蔵鉄道建設の調査の第一歩を踏み出し、鉄道が走るコースをとりあえず定めた。だが残念なことに、60年に、経済的な理由で青蔵鉄道の建設は停止された。13年後、毛沢東主席が再びチベットへ向かう鉄道の建設を提起して、やっと建設計画が再び動き出したのだ。

 74年には、全国から1700余人の科学技術者が青海省に集まり、全面的な研究を行った。これとは別に、1700百人で構成された6組の測量隊が、海抜4、5千メートルの高原に車で登り、実地調査した。鉄道の駅舎、レールを敷く路床、橋梁、トンネルのすべてを設計し、手書きの設計図は大型トラック二両分に達した。

 工事で使われる杭の一本一本が、青海省のチャイダム盆地から崑崙山脈を越え、ホフシルの無人地帯を通って海抜5千メートル以上のタングラ峠を抜け、チベット北部の重要都市ナッチュに運ばれた。そこからラサまではほぼ400キロである。鉄道兵からなる施工部隊は、崑崙山脈の北の麓に、青海省の省都・西寧からゴルムドに至る鉄道を建設した。

 しかし78年になると、10年に及ぶ文化大革命を経た中国の国民経済は、崩壊寸前の状態にあった。さらに「高原」と「凍土」という二大難問を解決できず、再び建設計画を中止せざるを得なくなった。

 94年7月、江沢民総書記は「第三回チベット工作座談会」を主宰し、チベットへ向かう鉄道建設のため、その準備作業をしっかり行うことを提案した。この年からチベットへの鉄道建設の準備作業がスピードアップした。鉄道部の関係部門は、計画立案、研究プランの作成、現場視察を行い、科学院、地震局、交通部、国土資源部、地質科学院などの専門家を招いて、何回も検証を繰り返し、最終的に詳細な報告を提出した。

 今年初め、中国国務院弁公会議は青蔵鉄道建設案を審議した。この時、朱鎔基総理は以下のような発言をした。

 中国は20数年の改革・開放を経て、総合的な国力は著しく強まってきた。すでに青蔵鉄道を建設する経済的な実力を備えている。さらに数年来の各方面の研究により、高原の凍土地帯に鉄路を築く技術的問題も解決された。青蔵鉄道を建設する時機はすでに熟した。このプロジェクトを認可することができる。

      「高さ」がもたらした困難

 青蔵高原(青海・チベット高原)は面積2百万平方キロ、南北の幅は、緯度にして10度近くもある。海抜は平均四千五百メートル以上あり、「世界の屋根」と呼ばれている。

 青蔵鉄道は、この青蔵高原の中央部を南北に貫いて、ゴルムドからラサまで延々1118キロを走る計画だ。詳しく言えば、チャイダム盆地のゴルムドから南に進み、崑崙山脈の海抜4、76八メートル地点まで登り、ホフシルを抜け、風火山を経て長江の源である沱沱河、通天河を越え、タングラ山脈の海抜5、07二メートル地点を越えてチベットのアムド、ナッチュ、ダムションを経てラサに至る。

 青蔵鉄道の建設には、難しい問題が二つある。それは「高原」と「凍土」である。  世界でもっとも高いところを走っている鉄道は、今のところ南米のチリにあって、その海抜は4、826メートルである。第二位はペルーで4、782メートル。だが、これらの鉄道は、峠を通過する一瞬、この高度に達するだけで、「高原」を長く走る問題は存在しない。

 全長1118キロに及ぶ青蔵鉄道には、海抜4000メートル以上の区間が965キロもあり、まさに世界で「最も高く、最も長い」高原鉄道である。海抜の高い地区は空気が薄く、気圧が低い。空気中に含まれている酸素が少なく、酸素の欠乏は、身体の機能に変化をもたらして、心身の健康や労働能力に影響を及ぼす。またディーゼルエンジンを動力に使っているいろいろな機械は、効率が低下する。

 「凍土」の問題は決して新しい課題ではない。百年以上前にロシアは、北極に近いツンドラ地帯にシベリア鉄道を建設した。現在、世界には2万キロ以上の鉄道が凍土地帯を走っている。しかしこうした鉄道はいずれも緯度が高く、比較的安定した永久凍土地帯にある。

 だが、青蔵鉄道は緯度が低く、だいたい北緯30度から37度の間にある。さらに海抜が高く、空気は希薄で、日射しは強く、年平均の降水量は260〜430ミリしかないのに、蒸発量は1、330〜1、760ミリもある。太陽光線は凍土に非常に大きな影響を与えている。

 青蔵高原は、地質年代で言えば「若い」高原である。頻繁な地殻変動の中でマグマの浸入や水蒸気の活動があり、地質学的には地熱異常地帯となっている。この永久凍土は、地温が高いため、その厚さが薄いという特徴があり、気温の変化に敏感である。

 こうした難問があるのに、どうしてこのルートが選ばれたのだろうか。

 チベットに向かう鉄道ルートについて専門家たちは、四路線を提起していた。それは四川―チベット(川蔵線)、雲南―チベット(デン蔵線)、甘粛―チベット(甘蔵線)、青海―チベット(青蔵線)の四ルートである。だが最終的に青海―チベット路線に決定したのは、この路線が他に比べ明らかに優れた点があるからだった。

 まず、距離がもっとも短いことだ。すでに完成した西寧―ゴルムド間の第一期工事の豊富な経験が、このルートの建設に役立つ。つぎにこのルートは地形が緩やかで、橋梁やトンネルが少ないなどの特徴があり、他のルートより投資が少なくて済む。

 このほかにも、青蔵ルートは地質条件が比較的良く、工事量がもっとも少なく、工事の技術的問題も基本的に解決されている。さらに建設期間が短くてすむ。試算によれば、青蔵鉄道の建設にはほぼ6年の歳月が必要だが、その他のルートは10年以上かかる。また、鉄道の建設を通じて青海省、チベット自治区の少数民族経済の発展が速まり、民族の団結も促進される。こうしたことも、国が青蔵鉄道を第一位に選んだ重要な理由である。

       二大難問をどう解決するか

 青蔵鉄道の建設計画はこの50年間、何回も浮沈をくりかえしてきたが、放棄されることはなかった。50年代には鉄道部科学研究院西北分院が、青海省風火山の海抜4、800メートル地点の山間に、凍土地帯を走る鉄道の実験基地をつくった。40数年来、三代にわたる科学研究者たちがこの500メートルの試験鉄道路床の上に、28カ所の観測点を作り、いろいろな方法で観測試験を行って、青蔵高原の凍土の研究に多くの正確な科学的データを集めた。

 中国科学院の研究員で、長年凍土地帯の工事に関する研究に従事してきた呉紫汪氏によれば、青蔵鉄道は、凍土研究の内容の深さ、投入された人力や物資の多さ、かけられた時間の長さでは、世界的にきわめてまれであるという。現在、青蔵鉄道沿線の凍土の基本的な分布ははっきりし、比較的精度の高い沿線の凍土地帯の工事用地質図は完成した。トンネルや橋梁、排水用のトンネル、駅舎などの建設工事の技術問題も解決された。

 青蔵ルートは550キロの永久凍土地帯を越えていかなければならない。そのうち、かなり不安定な永久凍土の区間は190キロ未満であり、その中できわめて不安定な区間は100キロ以下である。目下、工事の異なる地質条件に対応して、凍土の安定性を保つ各種の方法が開発された。科学的方法とハイテクを応用したもので、青蔵鉄道の路床は今後50年間、大きな問題が起こらないことが保証されている。

 高所による酸欠がもたらす問題について、鉄道部第一測量設計院の技師長である冉理氏はこう述べている。

 「青蔵鉄道の特殊な環境に対応するため、設計の中で、『スピードアップして高原を通過し、駅と定員を減らし、労働を軽減する』という考え方を貫いた。高原鉄道の管理と維持補修の作業には、できる限り機械化、オートメ化をはかった。高原鉄道では、牽引力の強い電気機関車の方が有利だけれども、青蔵地区では電力供給網の建設が遅れているうえ、外部からの電力供給の条件も備わっていないため、これを建設するとコストが高くなりすぎる。試験と分析の結果、いま使われている国産の『東風11型』『東風8型』の内燃機関をもとに、ディーゼルエンジン、過給器、冷却系統、制動装置などの部品に改良を加えれば、青蔵鉄道を走る客車や貨車を牽引する技術的要求を満たすことができる」

       環境保護を考えた鉄道

 青蔵高原は、中国と南アジアの大河の源流であり、また世界的にも珍しい汚染されていない土地の一つでもある。海抜5000メートル以上あるタングラ山脈は、地表に生える草の高さは一寸しかない。40年前に科学研究者が、試験区間においてシャベルでわずかな土を掘ったが、そのとき植生が破壊され、いまになってもまだ一本の草も生えてこない。それほどここの生態環境は脆弱なのだ。

 青蔵鉄道は、ホフシル、三江源、羌塘などの自然保護区を通る。この世界の屋根を走る鉄道は、交通の不便さに苦しむ高原の民に楽しみと豊かさをもたらすと同時に、環境に回復不能な破壊をもたらさないか。多くの人々はそれを心配している。(全文は本誌をご覧ください)

 青蔵鉄道の設計責任者である冉技師長によれば、生態系と環境を保護することが、設計当初から守られてきた原則であるという。現在すでに、厳密な措置が定められている。例えば、植生の回復が難しい区間や路床、工事用の車両が通過する場所の表層に生えている草は、掘り取って移植する。土の採取と廃棄は集中的に管理し、完工後には表面に草を移植する。工事の作業員や車両が通る路線はみな設計計画の中に組み入れられ、車両は高原上をみだりに走ってはならない。タングラ山脈以南の、自然条件が比較的良い区間では、人工的な草の移植の試験を実施し、高原に適した草の種類を選び、種子の散布や被膜で覆うなどの方法も使って地表面の植生を回復し、鉄道沿線を長いグリーンベルトにしようとしている。

 野生動物に対しては、青蔵鉄道の設計の中でとくに注意が払われている。動物たちが安全に線路を越えて移動できるように、崑崙山脈の峠からタングラ地区まで、野生動物が通る専用の通路が数多く作られる。その通路の位置、幅などは、現地の遊牧民や動物保護の専門家が詳しく調べて決定する。

 こうした通路は主に二つの方式で建設される。一つは、野生動物が出没する地点に橋をかけ、橋の下が自然に動物の通路となるという方式だ。もう一つは、線路の上に動物専用の「立体交差橋」をかけるやり方だ。ホフシルの動物通路は、金網で密閉し、動物が線路上にはい上がれないように作られる。

 このほか、青蔵鉄道は、沿線に廃棄物を捨てないよう設計段階から厳しく定めている。例えば列車は閉鎖式の車体を採用し、ゴミは指定された駅で廃棄され、集中処理される。駅の暖房は石油ボイラーやソーラー・エネルギーを使い、生活排水は必ず処理をしてから流す、などである。

 冉技師長は言う。「青蔵鉄道のルートを実地調査したとき、地元の人々が生活に使うエネルギーは主として木材と畜糞で、とくに鉄道が通るチベット北部地区では、住民が這松を切り倒して燃料にしている。これが脆弱な生態環境に、軽視できない破壊作用を及ぼしていることがわかった。青蔵鉄道が完成すれば、中国西北地区の豊富な石炭や石油を青蔵高原に運ぶことができるようになる。そうなれば青海、チベットで使用されるエネルギーの構成が変わり、高原の生態環境を保護するために大きな意義を持つ」

 関係部門があらかじめ多くの対策を立ててはいるものの、生態系が脆弱な場所での鉄道建設には、なお多くの問題があり、人々を心配させている。例えば、野生動物が鉄路を渡る通路の効果ははたしてあるだろうか、種子を散布したり移植したりした高原植物は、はたして根付くだろうか。とくに完成後、もし管理がずさんになり、ひとたび人間による汚染が起こったら、それによって引き起こされる結果はきわめて重大である。環境を保護する措置が、鉄道建設とともに絶えず改善され、青蔵鉄道が本当に高原の環境を保護する鉄道になるよう望みたい。(2001年9月号より)