北京に集う中日の女流作家たち
                 

   中国社会科学院外国文学研究所が主催する「中日女流作家学術シンポジウム」が、9月11日から15日まで北京で開かれる。中日両国の女流作家が一堂に会するこのシンポジウムは、双方の文化交流の歴史に、新たな一ページを刻むものとして期待されている。その模様については追って詳しく伝えるが、今月号ではまず参加する中国の作家について紹介したい。(編集部)  

日本側の出席者

団長・津島佑子
団員・中沢けい  松浦理英子 多和田葉子 茅野裕城子
   金真須美(在日韓国人作家) 道浦母都子 小川洋子    中上紀

 

    大切なのは会うこと

           武漢市文学芸術界連合会主席 池莉

 私は日本を訪ねたことはないが、外国のなかでは最もよく知る国だといえる。『源氏物語』や川端康成、三島由紀夫、村上春樹、森村誠一などの作品から、最近翻訳されたものまで、日本の小説は数多く読んだ。日本の映画もよく見る。かつての『サンダカン八番娼館・望郷』や『君よ憤怒の河を渉れ』『金環蝕』、また最近の『鍵』『完全なる飼育』、そしてホラー映画の『リング』などだ。日本製の家電もよく使う。(テレビなどの)画面に日本がうつると、たくさんの漢字が出てきて親しみを覚える。静粛なふんい気の茶道やおじぎの習慣などは、私たちの先祖のようすや生活様式を思い起こさせる。

  私の小説は、90年代初めごろから日本に紹介された。日本の刊行物に、私のプロフィールや写真が載っていたのを、かすかに思い出す。そのなかに私の小説を翻訳して、何回か掲載した刊行物があった。たしか季刊『中国現代小説』というタイトルだった。1994年、早稲田大学出版部が中国の現代小説の翻訳集(全六巻)を出版して「日本翻訳出版文化賞」を受賞した。そのなかに、私の作品『有土地就会有足跡』(初恋)と『太陽出世』(太陽誕生)が収められているようだ。

 私は『太陽出世』の訳者、『来来往往』を翻訳中の訳者、翻訳刊行物の編集者、そして作家兼社会活動家の池上正治氏ご夫妻などの日本人と文通をしている。中国に留学している日本の大学生のなかには、私の作品についての論文や翻訳のために、私に会おうと何度も武漢に来る人がいる。そうした若者との交流はとても楽しいものだ。それで、私にとっては日本が身近に感じられるのだ。もちろんそれは、私個人の目で見た日本でしかない。今回のシンポジウムを通じて、新鮮な感覚や新しい視点がもたらされるならば嬉しく思う。

 言葉というものは、それ自体が大きな「溝」であろう。民族間の歴史や文化、社会体制、生活様式はそれぞれ異なるため、言葉の溝がさらに深まるのである。翻訳作品を通しての交流は、永遠に遅れを伴うものだし、隔靴掻痒の感がある。しかし、だからこそ会うことが重要なのだ。じかに会えば、言葉をこえるナマの感覚が得られる。時にはそうした感覚が、人間としての共感を呼ぶのである。私は今回のシンポジウムに対して、言葉を使った表現には多くを期待しない。最も大切なのは、会うことである。顔を会わせて、両国にはこれほど多くの女流作家が作品を出している、とわかるだけでも、非常に喜ばしいことだと思うのである。

              2001年6月1日 漢口市にて

 

     

  中国現代女流作家十人の略歴
            文・鍾振奮

張抗抗  1950年浙江省杭州市生まれ。69年に黒竜江省のある農場に下放(「文化大革命」のころ農村の人民公社の生産隊に入り、労働に従事したこと)。77年、黒竜江省芸術学校に入学。79年に同省の作家協会に加盟して、専業作家となる。

 主な作品に、中編小説『淡淡的晨霧』(淡い朝霧)、『夏』『北極光』(北極の光)など、長編小説『隠形伴侶』(隠れた伴侶)、エッセイ集『橄欖』(カンラン)、『牡丹的拒絶』(牡丹の拒絶)などがある。全国優秀小説賞を多数受賞。東北へ下放された知識青年の暮らしを見つめた作品が多く、「知識青年文学」ジャンルに独自の世界をひらいた。精緻で美しい文体が特徴。黒竜江省作家協会副主席、中国作家協会会員。

池 莉  1957年湖北省生まれ。教師や医者、雑誌編集者を務めた。81年から作家活動に入り、主な著作に『池莉文集』(全七巻)、長編小説に『来来往往』『おはよう、お嬢さん』、『口紅』『紅河水』など、長編エッセイに『いくら愛しても足りない』、『新しい太陽を』などがある。

 都市生活に題材をとった『煩悩人生』と『不談愛情』(愛なんて)、『太陽出世』(太陽誕生)の三部作により、文壇での確かな地位を固めた。居住地・武漢市を背景に、市井の人々の暮らしや生活観、価値観などを如実に示した。口語に近い文体はわかりやすく、読者の圧倒的な支持を集めている。

 全国のさまざまな文学賞を受賞。作品はイギリス、フランス、ドイツ、日本など各国語に訳され、海外でも話題となっている。武漢市文学芸術界連合会主席・専業作家、中国作家協会会員。

林 白  本名・林白薇。1958年広西チワン族自治区北流県生まれ。77年から小説を発表。翌年、武漢大学図書館学部に入学。その後、記者や編集者などを務める。

 主な作品に、『致命的飛翔』『子弾穿過苹果』(リンゴを貫通した弾丸)、『守望空心歳月』(空っぽの歳月を見つめて)、『一個人的戦争』(個人戦争)など。作品の多くに独白を多用し、個人的な経験や感覚を描く。精緻で鋭い、オリジナリティー豊かな表現で、抑圧された女性の心理描写に挑む。北京在住、中国作家協会会員。

王安憶  1954年上海生まれ。安サユ省の農村に下放された。72年、江蘇省徐州の文芸工作団に入団、78年に上海で出版されていた『児童時代』の編集にあたり、80年から中国作家協会文学講習所に入って文学を学ぶ。76年から作品を発表。長編小説に『69届畢業生』(69年の卒業生)、『黄河故道』『米トン』(ミーニー)、『長恨歌』など、中・短編小説集に『雨、沙沙沙』(さらさらと降る雨)、『流逝』『小鮑荘』『小城之恋』(小城の恋)、『叔叔的故事』(叔父さんの物語)などがある。

 全国優秀小説賞を多数受賞。なかでも長編小説『長恨歌』は、中国で最も権威のある文学賞「茅盾文学賞」を受賞した。作品のモチーフは大きく分けて二つあり、一つは安徽省の農村の暮らしぶりを表すもの、もう一つは上海市の女性の生き方を表すものである。自然な言葉で、物事を客観的に描くのが特徴。上海市作家協会専業作家、中国作家協会会員。

方 方  本名・汪芳。1955年湖北省武漢市生まれ。武漢大学卒。荷物運送やテレビ局の編集業務などにあたっていた。

 代表作に『"大篷車"上』(幌馬車で)、『風景』『桃花燦爛』(鮮やかな桃の花)、『埋伏』(待ち伏せ)など。また長編小説に『落日』『烏泥湖年譜』などがある。構想が巧みで、深い思想性をもつ。インテリの精神世界を、独自の分析で描き出している。湖北省作家協会副主席、『今日名流』雑誌社社長兼編集長。

鉄 凝  1957年北京生まれ。75年、河北省博野県に下放され、同年から作家活動に入る。

 主な作品は、短編小説『哦、香雪』(ああ、フリージアよ)、中編小説『没有紐扣的紅襯衫』(ボタンのない赤シャツ)、長編小説『バイ瑰門』(バラの門)、『無雨之城』(雨のない街)、『大浴女』など。

 巧みな構成とユーモアに富んだ表現、独特の感性で人々の生活を描き出している。全国優秀小説賞を多数受賞。農村に題材をとった早期の作品は、評判が高い。また、都市生活をテーマにした作品は、女性の成長過程における生理的、心理的変化を描いた『バイ瑰門』『大浴女』などが最も有名だ。中国作家協会副主席、河北省作家協会主席。

陳 染  1962年北京生まれ。82年から作家活動に入る。大学教師や新聞記者、編集者などの経歴をもつ。オーストラリアやイギリスなどの国に住み、学術講演をしたことも。現在は北京で、作家活動に専念する。

 主な小説に『紙片児』(紙切れ)、『嘴唇上的陽光』(唇の上の陽光)、『与往事乾杯』(昔に乾杯)、『私人生活』など、エッセイ集に『声声断断』(声を絶つ)、『不可言説』(言うべからず)など。また多くの詩や戯曲などの作品がある。小説の文体は前衛的であり、実験的である。女性の生理や心理の体験を描いて定評があり、その作品は「私小説」と呼ばれる。

遅子建  1964年黒竜江省漠河県生まれ。北京魯迅文学院を卒業。83年から小説を書きはじめた。

 主な作品に長編小説『樹下』『晨鐘響徹黄昏』(黄昏まで響く朝鐘)、『茫茫前程』(果てしない前途)、『偽満洲国』など、小説集に『北極村童話』『向着白夜旅行』(白夜旅行に向かう)、『白雪的墓園』(白雪の墓地)、『逝川』(逝く川)、『朋友テヌ来看雪ーノ』(ねえ、雪見に来ない)、『当代作家選集叢書遅子建巻』など、エッセイに『傷懐之美』(感傷の美)、『聴時光飛舞』(時の舞いを聴く)、『遅子建影記』(遅子建フォトストーリー)、『女人的手』(女の手)、『遅子建文集』(全四巻)などがある。

 また短編小説『親親土豆』(じゃがいも)は、『小説月報』主催の第二回百花賞を受賞した。黒竜江省漠河での生活を背景に、詩情あふれる筆致で雪国の美しい風景を描き、高い評価を集めた。黒竜江省作家協会専業作家、中国作家協会会員。

残 雪  本名・ケ小華。1953年湖南省長沙市生まれ。85年から作家活動に入り、これまでに200万字あまりを書き下ろした。小説集『天堂的対話』(天国の対話)、『突囲的表演』(実演突破)、『思想彙報』(思想の報告)論文集『霊魂的

、城堡理解ソィ夫ソィ』(霊魂の城――カフカを理解する)などが多くの外国語に訳されたことから、「風格作家」(個性派作家)といわれる。その作品には、独自の視点とミステリアスなふんい気がある。「文化大革命」期の人々の心理の根底に迫ったものも多い。

徐 坤  1965年遼寧省瀋陽市生まれ。88年遼寧大学中国言語文学部を卒業、文学修士。92年に小説を書きはじめて以来、訳著『泰戈爾詩歌的意象』(タゴール詩歌のイメージ)、小説集『先鋒』『女豢』『遊行』などを出版した。代表作は『白話』『鳥糞』『狗日的足球』(ばか者のサッカー)などがある。主に都会に住む若者たちを活写し、はやり言葉を多用する。中国社会科学院文学研究所勤務、中国作家協会会員。

 (注)作品の翻訳名は一部、日本で刊行されている作品のタイトルと異なるものがあります。(2001年9月号より)