日本で大ヒット
『山の郵便配達』の霍建起監督に聞く
                    小林さゆり
                    

 
 

「人が持つ善良な気持ちを思い起こして」

 中国映画『山の郵便配達』(原題『那山 那人 那狗』)が今、日本で爆発的な人気を呼んでいる。湖南省の山岳地帯を舞台に、初老の郵便配達員が後継ぎとなる息子に、仕事を通して人生とは、責任感とは、家族の絆とは、を伝えていく詩情豊かな感動大作。日本での大ヒットのわけや作品に込めた思いなどについて、監督の霍建起氏に聞いた。

 ――『山の郵便配達』は、今年四月の東京を皮切りに大阪、名古屋、福岡、札幌など、この冬まで全国展開される大ロングランとなりましたね。映画館は各地で連日超満員だそうで、感動の輪が今も広がり続けています。

 信じられません。まるで夢のようです。この映画は1999年のモントリオール世界映画祭で観客賞を、同年の中国金鶏賞(中国アカデミー賞)では作品賞と主演男優賞(滕汝駿)をそれぞれ受賞し、大変光栄に思っていました。その後、映画が日本に輸入され、こんなにヒットするとは思いもよらなかった。配給会社や映画館などの真摯な努力によるところが大きく、その意味でもとてもうれしいし、感謝しています。

 逆に中国では、現在の未熟な配給システムの問題もあり、全国展開にはいたりませんでした。でも昨年の春節(旧正月)には、テレビの映画チャンネルが放映権を買い、三回放映して好評を博したんですよ。とくに映画関係者の高い評価を受けたようです。
お気に入りの自宅で霍建起監督。『山の郵便配達』のポスターがインテリアとして光っていた

 ――原作は、83年に全国優秀短編小説賞などを受賞した、彭見明さんの『那山 那人 那狗』(あの山 あの人 あの犬)ですが、それを映画化しようと思ったわけは?

 脚本家で妻の思蕪が、湖南省の映画製作所・瀟湘電影製片廠から「この小説をテレビドラマ化したい」と頼まれたのがキッカケです。原作を読むととても感動的な話で、ドラマに小さくまとめるのが惜しくなりました。映画の方がじっくりと時間をかけて製作できるし、すばらしい映像や音楽とともに大スクリーンで表現して、作品を生かしたいと思ったからです。  

 ――映画の撮影は、真夏に40日間ほどをかけて、湖南省西南部の綏寧、通道トン族自治県の険しい山岳地帯で行われたそうですね。

 とにかく暑くて参りました。湖南省は北京よりもずっと暑いのです。日差しも強くて真っ黒に焼けてしまった。でも緑豊かな美しい風景を撮るのは、その時期しかなかったのです。突然雨が降ると、ロケを中止して車の中で待ったり。自然条件には左右されましたね。毎日のように険しいロケ地を移動しなければならず、製作費も極端に少なかったので、撮影隊は最少の30人に絞り込みました。食事はできるだけ簡単に、時間もムダにしないよう、食事どきになると一斉に大鍋を囲んで食べるのです。まるで軍隊生活のようでしたよ(笑)。

 でもスタッフもキャストも全員がこの作品にほれ込んでいたし、いい芸術作品を作ろうと燃えていました。いくら辛くても頑張ろう、やり抜こうという一体感があった。撮影条件はとても厳しかったのですが、和気あいあいとした雰囲気の中で皆の気持ちが一つになり、いい仕事ができたのだと思います。

 ――映画では、印象に残る感動的なシーンが散りばめられていました。脚本を担当された夫人の思蕪さんと、とくに工夫したことは?

 原作の短編小説は「あらすじ」でしたので、映画では「肉付け」をする作業が必要でした。原作は父の感情や回想を中心に話を進めていますが、映画では登場人物を増やして、それぞれの心の動きなどの細部を書き加えたのです。

 たとえば、一人暮らしの盲目の五婆さんを訪ねるシーン(五婆さんに都会にいる孫からの郵便為替が届けられ、あたかも孫からの手紙が入っていたかのように郵便配達の父子がそれを読み上げる)。淡い恋心を抱いたトン族の娘と郵便配達の息子が、土間でラジオを聞くシーン。愛犬「次男坊」が突風に舞った手紙をキャッチするシーン。これらは映画のまったくのオリジナルで、キャストをより鮮明に描き出そうと工夫しました。また、原作では回想シーンのみだった母を映画に登場させました。心配しながら仕事の帰りを待つ母の姿に、家族の絆や愛の深さを重ね合わせたかったのです。

 ――監督ご自身が、一番好きなシーンは?

 たくさんあって数え切れませんが(笑)。しいてあげれば、五婆さんのシーンでしょうか? 一番力を入れた場面でした。映画では十分ほどですが、実際は丸二日をかけて撮影しました。背景を暗くし、スポットを当てた五婆さんの顔をクローズアップして、孫のことを思う孤独で寂しい表情を撮りたかった。それで随分フィルムをムダにしました(笑)。

 五婆さん役のケィ業銖さんは、実はそんなに年寄りではないんです。せいぜい六十歳を過ぎたくらい。湖南省話劇院の女優ですが、この役のために入れ歯をとって白髪にし、老け顔の化粧をしました。でも実際は、スポーツ好きな活発な女性です。お酒も飲むし、タバコも吸う。大声で話すし、大胆に笑う開放的な性格です。だからまったく正反対の静かな役柄に、最初はかなり戸惑ったようです。愁いを含んだ笑い方や話し方など厳しい要求を出しましたが、最終的にはよく演じてくれたと思っています。

 ――父親役の滕汝駿さんは、中国金鶏賞の主演男優賞を受賞し、息子役の劉Yさんは同賞の助演男優賞にノミネートされました。

 父親役を選ぶときの基準は「痩せていて、普通の人」。山を行く郵便配達の話ですから「引き締まった体型」がよかったのです。滕汝駿さんは、映画『紅いコーリャン』にも出演したとても有名な俳優で、配役が決まったときにはみなが納得しましたね。寡黙で重みのある役柄だったので、彼にはオーバーアクションをしないよう要求しました。

 息子役の劉Yさんとの出会いは偶然で、北京の演劇大学・中央戯劇学院に行ったとき、たまたま通りかかった彼に強くひかれたのです。スポーツ選手のような精悍さがあった。学生ですから役者の経験が浅く、一から教えこみました。この映画の成功が彼の役者人生にも大きな影響を与えたようで、今では中国青年芸術劇院に籍を置く俳優として、台湾や香港の映画会社からのオファーを受けているそうです。

 ――現在、急速な経済発展をとげる中国では、多くの人々の関心が「豊かになること」に向けられているようです。その中で、いなかの山間部が舞台のこうした「懐古的」な作品が持つ意義は?

 日本もそうですが、経済が発展した国は、人間関係や家族の結びつきがだんだん希薄になるようです。忙しすぎるのも原因の一つでしょう。しかしそれは本当にいいことなのだろうか、と自分なりに考えました。私はやはり昔を懐かしむ気持ちや人間としての美しい心、善良な気持ちを大切にしたい。日本でヒットしたのは、その部分に共鳴する人が多かったからかもしれません。

 この作品からは、人間なら誰もが持ちうる「善良な心」を、思い起こしてもらえたらうれしいです。そういう気持ちをみんなが持てば、経済が発展しても心の豊かな、温かな社会を営むことができるのではないでしょうか。

 ――監督はお若いのに、なぜ懐古的な感覚を大切にしたいと?  懐古的な感覚は、感傷的でありながら、実にアーティスティックで美しいものです。もともと田壮壮監督の映画『盗馬賊』などで美術監督をしていたこともあり、美的感覚にはちょっとうるさいのです(笑)。映画など芸術分野では、そういう感覚やインスピレーションがとても大切です。

 ――今後の中国映画界に期待することは? また今後の活動について教えてください。  今年は中国系映画がアカデミー賞を受賞して話題になりましたが、その意味でも中国の芸術・文化はすでに世界に認められたと言えるでしょう。










 2008年オリンピックの北京開催が決まり、さらなる経済発展も予想されますから、映画を作る人たちにどんどんチャンスを与えてほしい。機会が増えれば、いい作品ももっと出てくると思うからです。

 『山の郵便配達』は今後、台湾や香港、韓国や北米で上映されるようです。今回の成功で、次の作品が撮りやすくなりました。最新作は『藍色愛情』(A LOVE OF BLUENESS)というタイトルで、若い刑事と新劇女優のラブストーリーです。日常生活の中にある、美しく芸術的なものを描いたつもりです。

 これからは、好きな作品なら現代もの、歴史もの、何でも撮ってみたい。とくに人間の感情や内面を描き出すことに関心があります。人生は実に多彩で豊かなものです。誰もがふと沸き上がる感動を覚えることがあるでしょう? そういう感動を、これからも映画を通して伝えていきたいと思っています。(2001年7月20日、北京市豊台区・監督宅にて)

 

★映画『山の郵便配達』について

 1999年瀟湘電影制片廠・北京電影制片廠・湖南省郵政局共同制作。99年中国金鶏賞作品賞など内外の各賞を受賞。日本では、今年秋以降も大阪、北海道などの全国の約50館で上映される予定。また今年3月、日本で発売された同名タイトルの単行本(集英社刊)は、すでに8刷6万7000部を突破している(7月現在)。

ストーリー

 舞台は、80年代初頭の中国湖南省の山岳地帯。初老の郵便配達が、その仕事を息子に継がせることになった。父にとっては最初で最後の、息子との共同作業である。郵便物のつまった重いリュックを背に、愛犬「次男坊」とともに、険しい山道をたどり、いくつもの村を訪ねる2泊3日の旅。父は、道順や集配の方法をはじめ、仕事への誇りや責任感、そして手紙にこめられた人々の思いを、体験を通して静かに息子に語りかけていく。寡黙で留守がちな父に疎ましささえ覚えていた息子は、村人の信望を集める父に対し、次第に尊敬の念を抱き始める……。

霍建起監督のプロフィール

 1958年北京生まれ。北京電影学院美術学部卒業後、92年まで北京撮影所に所属し、美術監督として活躍。95年、自主作品『贏家』(勝者)で監督デビュー。『那山 那人 那狗』(山の郵便配達)は、監督作品としては3作目。霍監督の4作品の脚本を担当した夫人の思蕪さんとは、「おしどり夫婦」として知られる。家族は、夫人と今年中学一年生の息子と猫。趣味は「やはり映画作りですね」。(2001年10月号より)