東京で文化の香りが高い神保町に、ライトグレーの外壁の4階建てビルの書店がある。その名も「東方書店」。中国を専門にする日本の学者で知らぬ人はいないだろう、有名な中国関連書籍専門店だ。店内には一般の書店ではまずお目にかかれない中国語の原書がずらりと並び、中には『毛沢東選集』『鄧小平文選』『習近平 国政運営を語る』など、中国共産党の歴代指導者の著作とその日本語版も売られている。東方書店は日本で早くから中国関連図書の販売を始めた書店であり、中国の指導者の著作も数多く置いている。創業者の安井正幸、福島正和両氏は、毛沢東、周恩来ら新中国成立当初の中国の指導者とも交流があったという。
ユーモアあふれる周総理のエピソード
1956年、東方書店の前身である極東書店の責任者が、西ドイツ(当時)のフランクフルトで開かれた図書博覧会に参加した際、中国国際書店(当時・現中国国際図書貿易グループ)の総経理と知り合った。一方は日本の書籍を輸入したいと思い、もう一方は中国を通じてソ連の書籍を輸入したいと思っていたという偶然が重なり、初対面にもかかわらずあっという間に打ち解け、業務提携の可能性について話し合いを始めた。そしてこれが、後に東方書店の初代と2代目社長となる安井氏と福島氏が、中国書籍の出版を手掛けるきっかけとなった。その後、2人は出張で中国と日本の間を頻繁に行き来することになり、毛沢東や周恩来ら指導者とも交流することに恵まれた。
1956年、初めて中国を訪れた安井正幸氏と福島正和氏(写真提供:中国国際図書貿易グループ)
現社長の山田真史さんは、「福島前社長は、周恩来総理の杯の酒を飲んだエピソードを、よく私たち社員に話してくれました」と中国の国家指導者との交流について語る。
1970年代に北京に出張で出向いた福島前社長は、仕事後の故宮博物院参観を楽しみにしていたが、突然随行の通訳から「周総理が皆さんにお会いしたいと言っています」と告げられた。その日一行は周総理の来訪を待ち続けたが、全ての業務を終えて周総理がやってきたのは、すでに深夜のことだった。中国には「好饭不怕晚」(良いことは待つ価値があるという意味)という言葉があるが、周総理は日本からはるばるやってきた客人のために、茅台酒を用意して宴を催してくれたという。
「福島社長はたいそうな酒豪でした」と山田現社長は振り返る。「しかし福島社長は、周総理も酒豪でしかも勧め上手だと言うのです。その日、二人は乾杯を繰り返し、酒量はかなりなものだったと思います。さすがの福島社長も最後にはいささか酔いが回った様子でしたが、周総理には何ら変わった様子がありません。それを怪しんだ福島社長は、『周総理の杯はもしかして水なのでは?』と尋ねましたが、周総理は笑って『私のも酒ですよ』と言います。福島社長は納得できず、ならば私に飲ませてくださいと周総理の杯に口をつけたのです。周総理の言うとおり、それは茅台酒でした」
この話は福島社長の心に生涯大切にしまわれた。そして福島社長が大切なエピソードとして人々に語るたびに、周総理の親しみやすくユーモアのある人となりが、人々に強い印象を残した。
日本の出版交流代表団が1956年に訪中した時の写真。東方書店の前身である極東書店の安井正幸氏もこの時に訪中している(写真提供:中国国際図書貿易グループ)
「周総理は大国の指導者として、時間を割いて日本人に会いに来てくれました。当時、両国間にはまだ国交が正常化していなく、人的往来もわずかなものでした。だからこそ、周総理は日本の状況や日本人が中国をどのように見ているのかを知りたいと思い、忙しいスケジュールの合間を縫ってでも福島社長に会ったのだと思います。『人民中国』の創刊も、周総理の指導の下でなされました。そのことからも、周総理が一貫して対日外交を重んじていたことが分かります」と山田社長は語る。
本で中日理解の懸け橋に
西側諸国との連絡手段がなかった当時の中国には、限られたルートを通じて外界を知りたいという思いはもちろん、科学技術への渇望も強かった。山田社長は、当時の中国が最も多く輸入していたのは科学技術系の書籍や学会の専門誌で、その需要は非常に高く、特に日本経由で米国の専門書も輸入していたと述懐する。
東方書店の山田真史社長
中国が外の情報を得るための手助けをすることで、中国の建設と発展を支援するとともに、東方書店は日本国内向けに中国の全体像を紹介するための重要な窓口となった。1950年代前半、極東書店は日米当局の規制を乗り越えて、新中国の出版物の輸入を始めた。そしてその後数十年にわたり、中国共産党の指導者たちの著作を日本で販売し続けている。そして今、東方書店は依然として日本における中国書籍の主なチャネルであり、中国をより深く日本に紹介するための努力を続けている。
東方書店の外観と店内に並ぶ中国関連図書
中国の政治思想や政治体制に関する書籍の販売を重視してきた理由について山田社長は、「これは創業当初から受け継がれてきたポリシーで、初代の安井社長や2代目の福島社長が、相手国の指導者の考えの理解に重きを置いていたからです。ですから、中国書籍専門書店として、政治関連書籍は必ず置くべきジャンルだと考えています」と、東方書店の特色を語った。(文=王朝陽)
人民中国インターネット版 2021年6月23日