日本画の色彩世界に学び 中国「岩彩画」復活めざす

 

アトリエで岩彩画を創作する王氏。顔料を溶くのは彼の妻愈旅葵さん。彼女も岩彩画の画家だ

 

王雄飛氏(58)は今年、河北美術大学に招かれて壁画学科を創設し、岩彩画(鉱物系顔料を使った絵画)の技法を教えている。この9月には初めて同学科に学部生が入学して来るので、今から心待ちにしている。王氏は以前、中国美術学院の岩彩画研究所で大学院生を指導していた。しかし、大学院は課程が短く、学生も少ない。本当に中国の色彩絵画――岩彩画を復活させるのならば、やはり学部生から始めなければならない、と考えている。

王氏は若い頃、日本の多摩美術大学に留学。日本画を専攻し、日本画と中国の岩彩画の歴史的な深いつながりを知った。そして、日本画が多様さを増し大きく発展しているのを見て、王氏は自分が中国の色彩画を復活させ、日本画のように世界の画壇の一角を占めたいと思うようになった。

日本画の神髄、巨匠に学ぶ

王氏は1980年代の半ば、中国美術学院(美術関係の最高学府の一つ)で中国画を学んだ。その頃、中国国内での中国画の教育は水墨画が中心で、細密画は付属に過ぎなかった。そんなある日、王氏は校内の図書館で何冊かの日本画の画集を見た。そこには、東山魁夷や加山又造、平山郁夫など日本画壇の巨匠たちの作品が収められていた。これらの作品は色彩が満ちあふれて洋画にも匹敵し、しかも静謐で神秘的なたたずまいと東洋の美的センスをたたえていた。大いに触発された王氏は、こうして日本画に特別の興味を感じるようになった。

多摩美術大学に留学中、王氏は著名な日本画家の加山又造氏と市川保道氏に師事した。二人の師はいずれも、日本画は実は中国から日本に伝わったもので、当時は「唐絵」と呼ばれていたと話した。これは鉱物の顔料で描いた色彩画で、近代以降、西洋の油絵が入ってきて「日本画」と呼ばれるようになり、日本らしい美的要素が加えられるようになった。また日本画の作家たちは、唐絵に使われた鉱物顔料を後世に伝えるとともに、さらにこれを二十数種類から数千種類にまで広げていった。

日本画は王氏の留学当時、すでに独自の風格を持つ道を歩んでいたが、日本画の画家たちは常に中国古代の色彩画を崇敬し、深く研究していた。今でも東京芸術大学の日本画専攻の学生は、入学1年目に中国の敦煌壁画を研究学習するのが伝統だ、と王氏は話す。学生たちは、色を分析するクロマトグラフィーと資料を手に、敦煌に行って原画を見学。日本に戻ると研究と模写を行う。そして1年後、自分が模写した作品を手に再び敦煌の原画と対峙し、どこが足りないのかを分析する。その後、彼らはようやく自分の日本画の創作に取り掛かるのだった。

王氏はこれに痛く感動した。「われわれが大学生の時も敦煌壁画を見に行ったが、当時は、何を見るべきかなど全く分からなかった。中国の画家は、岩彩画の材料や技法についての知識がない。今、敦煌には毎年多くの見学者が訪れるが、美術を専攻する者の見学が少ないのは残念なことだ」

 

20118月、王氏ら中国美術学院岩彩画研究所の教師と学生がチベットで行った古代壁画の調査研究(同)

 

「岩彩画」と命名、伝統と決別

中国の絵画は二つに分かれる、と王氏は言う。一つは色彩のある絵画で、もう一つは水墨画だ。宋代以降、中国の芸術家の審美観は水墨画を最高とし、中国絵画の代表としてきた。一方、きらびやかに輝く色彩美術は軽視されてきた。だからこそ、日本で学び戻った王氏には、中国の色彩美術を復活させたいという責任感があった。

王氏は三つの重要なことに取り組んだ。まず、日本の「岩絵の具」という言葉を元に、中国の鉱物顔料絵画を「岩彩画」と名付け、伝統的な「細密重ね塗り画」と区別した。細密重ね塗り画では、自分たちの伝統に限界があると考えたからだ。中国の「岩彩画」は「日本画」のように寛容的で、さまざまな風格の創作を受け入れ、現代的な美的感覚による新たな表現手段を使い、中国らしいテーマで創作しなければならない、と王氏は考える。

中国の色彩美術、新たな復活へ

王氏はこの後、二つ目の重要なこととして、91年に自ら鉱物顔料研究センターを立ち上げた。岩彩画を描くには、まず鉱物顔料が必要だ。90年代の中国の画家にとって日本の鉱物顔料は高価で、また国内のメーカーは生産していなかった。多くは代わりにチューブ入りの化学顔料を使うだけで、敦煌研究院でさえずっとガッシュ(不透明水彩絵の具)で敦煌壁画を模写していた。

他人が作らなければ自分が探し、自分で作る。王氏は10年をかけて中国全土を回り、顔料にふさわしい鉱物を探し求めた。今では、彼が研究開発した鉱物顔料の色彩の種類は、すでに日本を大きく上回る。「実は、鉱物顔料を作るのに特別な技術は要りません。大事なのは、鉱物を選ぶことです。中国は広大なので色の種類も多い」と王氏は話す。いま敦煌研究院では彼の研究センターが作った顔料を使っており、これが彼の誇りでもある。「鉱物顔料を使って模写した敦煌壁画は、絵の質感が原画にさらに近づき、見学者はこれまでとは違う作品の息吹を間近に感じることができ、まるで現場にいるような気がします」

現在、王氏は敦煌研究院と共同研究を行うだけでなく、新疆ウイグル自治区のキジル石窟壁画や西安の唐代墓室壁画、山西省高平市にある開化寺の宋代の壁画で、複製プロジェクトの共同事業を展開している。これは中国の古代壁画の複製に対する大きな貢献と言えるだろう。

絵を描く顔料あってこそ、それを使う人がいる。90年代から、王氏は中国美術館で10年間展示ブースを設け、中国絵画は水墨画だけでなく、以前から色彩画もあることを紹介し続けた。また王氏は、文化部(日本の文化庁に相当)と協力し、岩彩画の研修クラスも開いている。昨年までに31期を数え、1300人以上が系統的に岩彩画の技法の訓練を受けた。今年、王氏は河北美術大学で岩彩画学科を開講し、初めての学部生を受け入れる。こうした若い人たちの参加により、彼が思い描く中国岩彩画が大きく発展する日が訪れるのも、そう遠いことではないだろう。(高原=文  王丹丹=写真

 

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