古村に響く山の民謡

 紫鵲界から車で30分ほどのところにある正龍古村は、人口約2700人、600年以上前の明代から清代の建物が残る小さな山村だ。ここも緩やかな山の斜面に沿って棚田がきれいに並び、小さな清流が村の中央を流れる。集落には、黒い瓦と白壁が組み合わさった独特の木造民家が立ち並ぶ。もちろん建物の様子や規模も異なるが、村全体の雰囲気は、どこか日本の飛騨地方や合掌造りの白川郷を連想させる。こんもりとした森を背にして民家が点在し、家の前に田畑が広がる風景は、まるで日本の里山のようだ。

 子どものころ、夏休みになると訪れた父母の古里を思い出し、懐かしさがこみ上げてくる。だからだろうか、この村は2013年に湖南省で唯一「特色ある民家村」に輝くとともに、15年には「中国の伝統村落」と「中国で最も美しく住みやすい村」の一つにも選ばれている。

 小川の水しぶきの音に負けじと歌声が聞こえてきた。山々に響き渡る声で民謡を歌うのは、「山の民謡女王」の陳福雲さん(48)だ。歌うのは、ミャオ族やトン族など少数民族の間に伝わる「山歌」。その歌詞には、豊かな自然に感謝したり、男女の恋心などを扱ったものが多いという。聞こえてきた歌は、村の青年に恋心を抱く乙女の気持ちを表した民謡だという。表情豊かに演じ歌い上げた陳さんは、数少ない「山歌」の歌手として、「古里の伝統文化を少しでも広げたい」と全国で公演を展開している。

 この地方独特の伝統文化としてもう一つ見逃せないのは、日本の「能楽」とも交流がある仮面劇「儺劇」だ。儺劇研究会副会長の李立新さん(67)によると、この劇は2000年以上前の周の時代に始まった。もともとは先祖を敬い、邪気を払い、幸福安全を祈願する舞踊劇だったという。演じる際に人面に似た帽子を額につけることから仮面劇とされている。その仮面が縁で、2007年には日本を代表する伝統劇「能楽」とも交流したという。

 現在、演目は約60曲あり、普段は村の家々を回って供養や邪気払いを行っている。また、タイやイタリアなど海外公演にも出掛けているという。