タクシーでの忘れ物
 

  昨年5月のちょうどこの時期、これから夏が訪れようとしていた時、私は自分の中の中国へ対するイメージが180度異なることとなる出来事を体験した。

 私が大学3年の頃、私の大親友が中国の上海に留学しており、彼女に会いに行くため、私は中国へと向かった。その時の私の中国に対するイメージといえば、日本のテレビによるマスコミの報道する偏った政治的なものや、中国人観光客による所謂“爆買い”のイメージであった。特に政治的な部分に関しては「島」をめぐる問題はもちろん、習近平国家主席による反腐敗キャンペーンによる大物の粛清、更にはインターネット規制、様々な点において私はなんとなく怖い印象を抱いていた。特に「島」をめぐる問題において、日本のメディアの報道により、中国の方達は日本人が嫌いである、という印象を持っていた。そんなイメージの中での訪中は正直あまり気分の乗るものではなく、友達に会うために仕方なく行く、というものであった。上海に着くと、友達が空港まで迎えに来てくれていたため、私たちはタクシーに乗り、ホテルに向かった。今回の旅行は一泊二日というタイトな日程であったため、あまり時間はなく、夜ご飯に大好きなチャーハンや小籠包などを食べ、その後に上海の有名な夜景を見て、私たちはホテルに戻り、二日目に備え、早めに就寝した。次の日、行きたい場所があり、ホテルの方に頼んでタクシーを手配してもらった。到着したタクシーに乗り込み、タクシーのトランクにスーツケースを入れ、ホテルの方に別れの挨拶をし、私たちは目的地に向かった。目的地に到着し、タクシーから降り、少し経ってから、私はあることに気がついた。そして思わず叫んだ。「スーツケースがない!!!」私たちは慌てて、その乗ってきたタクシーを探したが十数分経っていたのでもちろんいるはずもなく、途方にくれていた。私の友人も留学に来たばかりでその頃はまだ中国語がほとんどできず、どうにもできなかった。その荷物の中には大事なものがたくさん入っていたが、もう諦めるしかないのか、そう思っていた時、私たちのことを近くで見ていた方が声をかけてきてくれた。中国語だったので私にはよくわからなかったが友人が時折英語を交えながら私たちの今の状況をその方に伝えてくれた。すると、その方がレシートはあるか、と聞いてきたのでレシートを渡した。レシートに電話番号がのっていたようで、タクシー会社に電話をしてくれた。そしてタクシー運転手が私たちがとまっていたホテルに荷物を届けてくれるというので、助けていただいたその方に心からの感謝を述べた。するとその方が、こう言った。「僕も昔日本に旅行に行った時、とても困ったことがあったが日本人にとても親切にしてもらった。いつか恩返しがしたいと思っていた」と。私はなんだか胸が熱くなった。私は今までなんて偏った考え方をして生きてきたのだろうと思った。今まで、私は中国人を“中国人”と一つにまとめて考えていた。中国人はこうだ、と決めつけてもいた。当たり前のことだが、世界にはいろいろ人がいて、皆それぞれ、いろいろな考え方を持っている。一人として同じ人間はいない。私が何も知らずにただの偏見で良い感情を抱いていなかった“中国人”に親切にした“日本人”がいて、その人のおかげで私は今この恩返しをうけている。このような人と人が心を通じあわせる場合において中国人、日本人というカテゴライズは全く無意味なものであると私はその時深く感じた。ただただ、人と人なのである。その後ホテルに戻ると、すでにタクシーの方が荷物をもってきてくれていて、私達は直接タクシーの方にお礼を言うことができなかった。

 私は帰国し、困っている人を見たら日本人でも外国人でも、声をかけるようになった。私が受けた恩を返すためである。私はタクシーにスーツケースを忘れたが、却ってきたスーツケースの代わりにあるものを置いてきた。偏見という名のものを。

 
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