中国の思いやりが日本に伝わりますように
 

突然自分の横に座っていた彼がすくっと立ち上がった。彼の目の前に立っていたお婆さんは、少し怪訝な顔をしてから、にっこりと笑った。

「ありがとう」

これは、私が2年前に参加した学校の短期交換留学プログラム中に遭遇した1コマだ。私がホームステイとして受け入れた中国人留学生は、電車の中で優先席でないにも関わらず目の前の高齢者を見て、迷わずに立ち上がり席を譲った。言葉は通じなかったものの、彼の思いやりはお婆さんにしっかりと伝わっただろう。

他人を思いやる。日本で昔は当然とされていた考え方や行為が、今は薄れつつあるように思う。現代では、電車内での通話や駆け込み乗車は禁止事項として制度化され、思いやりが強制的に履行されるシステムが出来上がっている。一方、中国ではこれらの行為が自然になされている。

昨今優先席をめぐるトラブルが多発している。杖を持ったお年寄りが目の前にいても若者は席を譲らない、酔っ払って寝そべり優先席を占領したままそばに妊婦さんが来ても気づかない。しかし、中国ではこのようなことはあり得ない。優先席でなくとも必要な人には譲るのが当然であるし、むしろ席を譲らない方が不自然な行動とされる。どうしてこのような違いが起こるのだろうか。

これは、中国の古くからの思想である陰徳に由来する。例えば、日本では電車で席に座っている人がお年寄りや妊婦に譲ってあげることが良いとされているが、中国では少し違う。若い人や体力のある人ははじめから椅子に腰掛けず、席を必要とする人々が座れるように配慮しておくのだ。日本の譲るというのは有徳という考え方で、あらかじめ配慮しておくのが陰徳という中国で古くから理想的とされる考え方だ。この思想が日本にも普及すれば、先ほどの車内トラブルは容易に解決されるのではないだろうか。

また、私は障がい者のためのNPO法人に所属して障がい者支援活動をしているのだが、そこには中国人の留学生や日本語教師をしている中国人も所属し、一緒に活動している。ちなみに、この団体には、中国人以外の在日外国人は参加していない。彼らはこの活動に共感し、自発的にボランティアを買って出てくれているのだ。この点からもわかるように、中国人は誰かに役立ちたいという想いが根本的に強い。

近年の中国の経済発展は著しく、IT関連では世界に先駆けての製品・サービスを提供している。その背後にあるものは、言うまでもなく中国におけるテクノロジーの、目を見張るような進歩である。それだけでなく、この急速な経済成長には別の要因があるように感じられる。おそらくそれは、思いやりの心である。中国人は他人を気遣うという考え方が生まれつき身についているため、そこにフォーカスして研究を進めることで、中国はこれほどまでに豊かで便利な暮らしを手に入れることができたのではないだろうか。

そう考えたのは、先ほどのプログラムで初­めて訪中した際の実体験による。北京では黄色や赤の自転車が至る所で見られた。これはなんなのかと尋ねてみると、シェア自転車が日常化しており、どこに行くにも自転車が利用されているとの答えが返ってきた。日本でもシェア自転車という仕組み自体はあるが、中国のような規模には発展していない。これは、中国人が他人を無条件に信頼して思いやりができるからこそ確立したシステムだと感じた。

中国では人を思いやるのは当たり前。昔は日本もそうであったはずなのに、いつの間にかその精神は失われてしまった。昨今自己責任を当然視する風潮が強まっているが、果たしてそれは正しいのだろうか。自己責任をという言葉を強調しすぎて、却って他人を切り捨てて否定する考え方が強くなってきているとも捉えられる。我々日本人は中国の思想を見習い、いつかの彼のように、他人を思いやることが当然であるような振る舞いを今一度取り戻す必要があろう。中国の思いやりが日本に伝わりますように。

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