「中国人」とは誰のことか

大森贵久

  「中国人は皆が良い人である」というと、それは嘘になるだろう。なぜなら、中国人にも良い人がいれば悪い人もいるからだ。そもそも「中国人」という主語は、漠然とし過ぎている。

 ただし、僕があくまで個人的に次のように言うことは嘘にはならないはずだ。つまり「僕がこれまでに出会った中国人は皆が良い人である」と。

 僕に初めて中国人の友人ができた二〇一一年の話。大学を卒業して就職をしなかった僕は、皆より少し遅い卒業旅行の資金作りのために、運送会社の倉庫でアルバイトをしていた。肉体労働である上に、夜勤ということもあり、職場の雰囲気は殺伐としていた。

 職場を統括する社員は、仕事ができる人間を厚遇し、できない人間を冷遇した。休憩時間に雑談をするのは決まってベテラン・アルバイトの中年男性たち。若い人たちは各々に仮眠を取ったり、携帯電話を操作したりと、そこで友情が芽生える気配はこれっぽっちもなかった。

 そんな職場に白さんがやってきたのは、僕がその職場を辞める一週間前だった。人目を引く金色の髪は長く伸び、前髪は目にかかっている。いかにも垢抜けない大学生といった風貌だった。

白さんは煙草を片手に休憩室の前でキョロキョロとしていたので、僕は喫煙室の場所を教えてあげた。すると、彼は「ありがとう」と言って喫煙室に向かった。その一言を聞いて、すぐに彼が日本人ではないことがわかった。僕もトイレを済ませてから喫煙室に行った。

入室すると、彼はすぐに僕を見つけた。再び話しかけるつもりはなかったのだけど、目が合ってしまったので僕は白さんの隣で煙草を吸うことになった。

「年齢は?」「出身は?」「大学は?」

はじめこそぎこちない会話だったけれど、年齢が同じということもあり、その日のうちに僕たちはすっかり意気投合した。実際に話してみると、白さんはとても気さくだった。彼は留学のために来日したそうだ。

僕たちは受け持ちの作業スペースが異なったために、毎晩、休憩時間にだけ顔を合わせた。出会って数回目には連絡先を交換し、僕がアルバイトを辞めた後も連絡を取り合った。

ある時、白さんから「美味しい寿司が食べたい」というメールが来た。僕は、せっかく日本に来たのだから、本当に美味しい寿司を食べてもらおうと、白さんを案内することにした。とはいっても、僕はフリーターで白さんは学生。高級店になんて行ける余裕はなかった。頭を悩ませ、友人たちに相談をした結果、せめてもの思いでこれまでに僕が食べたなかで一番の店に行くことにした。

当日、僕たちは互いの母国についてあれこれと語りながら、次から次に寿司を注文した。会計の段になって、僕が財布からお金を取り出そうとすると、白さんは頑なにそれを拒んだ。今日はわざわざお店を探して付き合ってくれたのだから、自分が出すというのだ。そして、笑顔で「これが中国人の気持ちの表し方だ」と言った。

僕は、同じ年齢の、しかも同じ時給だっただろう彼からご馳走になって良いものかと躊躇った。しかし、今回はご馳走になっておこうと思った。そして、先に店の外に出て、支払いを終えた彼が出てくるなり深々とお辞儀をして礼を言った。

白さんの行いは、中国では取るに足らないことなのかもしれない。そのあたりの事情は僕にはわからない。あるいは、日本でもお礼の代わりにご馳走するということはよくあることだ。だけど、それなりに頭を悩ませた僕の思いを、しっかりとわかってくれたように思えて僕は純粋に嬉しかった。

僕のまわりにも時々、中国人のことを悪く言う日本人がいる。だけど、彼らの言葉は誰か特定の中国人に向けられたものではなく、あくまで〝中国人〟という漠然としたイメージに向けられているように思う。

僕には、その後も数人の中国人の友人ができた。僕が「中国人」と聞いて連想するのは明確な〝顔〟を持つ彼らのことだ。そして白さんをはじめとした彼らは皆、とても良い人たちなのだ。

人民中国インターネット版

 

人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010) 8837-3057(日本語) 6831-3990(中国語) FAX: (010)6831-3850