科学技術を体感する国・中国

谷拓篤


皆さん、中国といえば何を思い出しますか?

武漢での新型コロナウィルスのニュース?パンダ?等、様々なイメージがあると思います。

私にとっては、「中国=科学技術」です。

これは、私の母が大学で工学に携わる仕事をしていて、多くの中国の研究者と交流を深めてきたことに起因していると思います。母と一緒に訪問した大学や研究機関で、大きな講義室や実験室にたくさんの人が集まって話をしているのが私の最も鮮明な中国の記憶なのです。なぜなら、私は3歳の時から毎年12回は杭州や厦門、上海など常に母の仕事に同行し、会議室や実験室にずっと一緒にいたからです。母の打ち合わせの間にも、美味しい果物やお茶を出してもらいながら、母の横で絵を書いたり宿題をしていました。日本で母が仕事をしている時よりも一緒にいられる時間も長くて、仕事先の中国の人達にも優しくしてもらったので楽しい思い出ばかりです。

また、中国に訪問する度に訪問先の大学で大きな解析装置や3Dプリンターなどがどんどん導入されていて、私でも分かるくらい高価で充実した研究設備が整えられていく様子も母の横で目の当たりにしてきました。訪問の度に建物の入口に“国家重点実験室”や“国家工程技術研究中心”の表示が増えたり、中国国内で見るテレビで経済特区や地域ごとに特別な産業に取り組んでいる様子が放送されていることからも国家全体で科学技術の成長に力を入れていることが、当時小学生だった私にも十分伝わりました。その頃から、日本のニュースでも中国の国家科学技術政策についてもよく報道されるようになったと思います。

母になぜ中国出張に私を同行するのかを聞くと、急成長している科学技術を自分の目で見て感じて欲しいからと話していました。中国滞在期間中には、母の中国の友人達にも建設中の地下鉄や新しく増設されていく大学キャンパスなどに連れていってもらいました。最新の監視カメラが導入された地下鉄や見上げるくらい高いビルをすごいスピードで上昇するエレベーター等、いろんな物に圧倒されました。大勢の人が関わるプロジェクトがあっという間に進んでいく様子は、社会科で習ったイギリスの産業革命ってこんな雰囲気だったのかな?と感じたほどでした。

よく母の出張(特に中国)に同行していた私は、中国人なの?と学校で噂されて友人にさえも聞かれたことさえありましたが、生粋の日本人です。日本語しか話せないままで中国を訪れ続けて、母の友人の子ども達とも絵やジェスチャーを使って次第にコミュニケーションをとるようになりました。もっとコミュニケーションが自分から取りたいと自然と思うようになり、中国語教室に通って勉強をすることで中国語の資格も取得しました。中国語を話せるようになったこともあり、母世代の交流からそれぞれの子どもである私たちの世代の交流にも発展して、今とてもいい関係にあります。

中国の科学技術の成長過程をこれまで12年以上も体感することができた私は、近い将来に中国へ研究留学をしてみたいと考えています。発展を肌で感じる中国で、日本人の私が現地だからこそ学べることはたくさんあると思っているからです。中国人の友人は逆に日本へ留学したいと話してくれています。お互いの母達は、いつか子ども同士の交換留学をしたいねと笑って話しています。今回の新型コロナウィルスが流行している時でも、アプリを使ってお互いの家族の心配をしていました。母達からのバトンを私たち子ども世代が受け取り、一緒に科学技術を学べる日のためにも、私は今できる勉強をがんばりたいと思っています。

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