私と中国の縁

作間温子


「有縁千里来相会, 無縁対面不相逢 - 縁があれば千里離れていても会うことができ、縁がなければ向かい合っても巡り合うことはない」

私はいつも人との出会いや別れの時、中国の親友から貰ったこの言葉を思い出す。

2014年秋、当時大学生だった私は、日中交流事業に参加するため大学の友人3人を誘って広東省広州市を訪れた。私たちは中山大学の日本語学科の学生たちと数ヶ月前から計画していた日本文化イベントを数日で準備し、実施した。初めて顔を合わせてから、わずか1週間の期間だったが、毎日朝から晩まで、一緒に準備をしながら交流した。イベントは大成功し、この体験は私たちにたくさんの思い出と友情を築かせた。別れの時、中国側の学生リーダーに教えてもらったのが、この言葉だった。実際に、私たちの縁は続き、この6年間のうちに日本と中国を行き来し、何度も会うことができた。

私と中国の縁は、2013年に大連に語学留学したことが始まりだった。3.11の震災で私の暮らす地域には大きな被害があり、外国人は緊急帰国したり、留学生が減ったりと、大学で中国語を学んでも中国人との交流の機会が少なかった。そんな環境の中で、現地で中国語を学びたいという気持ちが自然に芽生えた。しかし、2012年には中国で大きなデモがあり、ある中国人の教員からは渡航を考え直した方がいいという声もあった。不安に思ったが、一部で起きているデモの報道や人からの意見に過剰に反応して、中国を知る機会を潰してしまうのは残念だと思った。だから、実際に行ってみて確かめてみよう、無理な時は帰国すればいい、と思い、留学を決めた。

今思えば、あの時の自分の選択と家族の理解にとても感謝している。後から聞いた話だが、母は、新婚旅行の時、父の希望地であったハワイを押し切って、中国の嶺南地域に旅行を決めたと言う。この母なら留学を止めなかっただろうと納得したし、両親が新婚旅行として訪れた中国の地、そこでの愉快な温かい人々の話、それらを私は自分の目で見て感じることができて良かった。「この親にしてこの子あり」というように、母からも中国への縁を受け取っていたのだと感じた。

実際の留学生活は予想以上に楽しい日々で、渡航前に抱いた不安もなく過ごすことができた。毎日の中国語学習、課外活動、週末の観光、そして一番の思い出は日本人留学生サークルに入り日中交流イベントの企画・運営をしたことだった。大連市は日本語学科がある大学が多く点在し、日本企業も多いため、日中交流の機会が多かった。私はその環境で日中交流にのめり込んだ。日本の文化が多くの人々に受け入れられていることを知り、同時に誇らしかった。一緒に活動する中国人学生たちは、とても優しく熱心で、気のいい中国の友人がたくさん出来た。この経験が、前段に書いたように大学の友人を巻き込んだ日中交流事業への参加に繋がっていった。そして、私は自然に中国の若者たちと関わり続ける方法として、日本語教師を志すようになった。

そして、この目標は、2018年秋〜2020年夏まで中国・貴州省で日本語教師として働くと言う形で叶えることができた。貴州省は西南地区にあり、多様な少数民族の文化が受け継がれている地域だった。日系企業もなく、日本人はとても少ない地域であったから、日中交流の機会を一から作るということにやりがいを持ち、私自身が交流員として中国の学生たちに日本のことを伝えることができた。ある時は、日本から大学生を招いて交流する機会もあり、自分が学生時代に感じた中国や中国人の良さを日本の若者たちにも感じてもらえるお手伝いができた。

コロナウィルス拡大を受け、直接の交流は難しいが、今はオンラインで交流を続けていきたい。私にとって中国は第二の故郷であり、中国の友人や学生たちとの縁はこれからも続いていく。そして、いつかまた中国でみんなと再会し、日本語教育・日中交流に関われる日が来ることを信じている。

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