「ありがとう。また会いましょう。」

板橋明日香


高校2年生の7月上旬頃、夏休みも終盤となり、気だるさを感じ始めたある日。いつも通りの1日になるはずが、ある出会いを通して特別な1日となった。

私は空港のレストランでアルバイトをしていた。夏休み期間ということもあり、人々が多く行き交う空港内はいつにも増して活気を帯びていた。レストラン内もお客さんが賑わい、従業員が忙しく動き回っていた。私がレジ担当をしていた時、急に1人の若い男性が、「すみません。」と片言の日本語で声をかけてきた。忙しく、ピリついた店内の空気に追い込まれていた私は、内心面倒くさいと感じながら、「どうしましたか。」と尋ねた。すると彼はスマートフォンを取り出し、何かを探し始めた。バイトリーダーの視線を横目で感じながら、「早くして。」と心の中で念じていると彼が1つのホームページを見せてきた。私はハッとした。そのホームページは私の地元である宮城県名取市の閖上震災を伝える会の中国語のページだった。私はそれを見て、胸が熱くなるのと同時に恥ずかしい気持ちになった。震災のことに関心を持って、被災地に訪れてくれる外国人がいることは純粋に嬉しく感じたのだが、自分の地元で語り部が行われており、外国人観光客が訪れていることを知らなかったのだ。彼はスマートフォンの翻訳アプリで「ここへの電車での行き方を教えて下さい。」と聞いてきた。私は、自分のスマートフォンで必死に情報を集め、彼の翻訳アプリに向かって話しかけた。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、伝わっているか分からずにドキドキしていると彼は笑顔でありがとうと言った。そして私にスマートフォンのメモ帳を見せてくれた。それは中国語で詳しくは分からなかったが、観光のタイムスケジュールが書かれていることが見て取れた。それは細かく計画されており、旅行への大きな期待の気持ちが強く伝わってきた。私は自分の地元に興味を持ってくれて訪れている外国人がいることにとても幸せな気持ちになった。そして彼の翻訳アプリに向かって、「楽しんでください。」と伝えた。すると彼は、翻訳アプリを再び見せてきた。そこには、

「ありがとう。また会いましょう。」

と記されていた。意訳が含まれているとしても、私はこの「また会いましょう。」という言葉が今でも強く印象に残っている。もしまた会えたら、その時までに私は中国語を話せるようになって沢山話したい。あの時の宮城観光の感想を聞きたい。そして、彼のように未知の世界を旅したい。私の視野が大きく広がり、今思い返すと人生のターニングポイントと言える出来事だった。

そんな体験から約1年が経った高校3年生の夏休み。周りではAO入試や推薦入試の対策で忙しくしている中、私は将来に悩み、進路希望調査票すら提出していなかった。そんな時進路相談の先生に、「重く考えずにやりたいことをやればいい。」と言われた。私は自分が何をしたいのか、どうなりたいのかを深く考えた。すると丁度1年前のあの出来事が脳内に蘇った。中国語を勉強したい、あの時のように誰かの思い出づくりのお手伝いがしたい、留学をしたいといった沢山のやりたいことが次々に溢れ出した。それから私は国際性の高い大学への進学を決めた。今は1年生でコロナウイルスの影響もありながらも勉学に励んでいる。大学ではもちろん中国語の講義を履修しており、とても充実した生活を送っている。

私は、空港での彼との出会いがなければ中国語を勉強する事がなかったのではないかと思う。もしかしたら進学先も違かったかもしれない。そして、私には外国人観光客のツアーコンダクターになりたいという夢ができた。多くの人にとって大切な思い出となる旅行を支え、役立ちたいと感じたからだ。このように自分の夢が広がり、これからの道に希望を持てたのは他でもない彼のおかげだ。そして、彼に声を大にして伝えたい。

「ありがとう。また会いましょう。

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