万里の長城

粕本亜美


八達嶺の長城に学校の団体として行ったときの話だ。頂上まで往復するには一時間半かかるが五十分しか観光時間を取れないため最後までは登れない、と説明を受けての出発だった。

いざ最初の楼を出て石畳に足を踏み出すと、どっしりとした長い道に結ばれた先々の楼たちに圧倒され、未踏の地に向かう探検家の気分になった。陸上レース前の、緊張と興奮が混ざり合った気分と似ていた。「これを全部見られないのはもったいない!頂上まで行きたい!」という強い気持ちが湧いてきたので、前方をすいすい歩いていた男子と一緒に頂上を目指して走ることにした。

起伏がとても激しくて山の地形に遊ばれているかのようだった。登りの途中で急に下りがあったり、同じ登りでも傾斜は常に変動していた。各階段の幅や段差も、歩幅とかみ合わずに体力を消耗した。どこが頂上かはっきり分からないまま、その時々に見える楼を一つ一つ目指して走った。途中の楼から人が大幅に減り、それから一度道に迷い、風も少し強くなってきたが、五十分という限られた時間が私たちの足を動かした。時間が経つにつれ、脚は重く呼吸は荒くなっていったが、それに反比例してアドレナリンはぐんぐん上がっていった。

二十分と少しが経過し、そろそろ引き返さなければならないと思った矢先に最後の楼に辿り着いた。間に合ったことが信じられなかった。緊張がぷつっと切れて落ち着きに変わった。かつてない嬉しさと感激と達成感が体にみなぎった。頭がとぎすまされて疲れが吹っ飛んだ。圧巻の光景だった。あたりを見渡して絶景を目に焼き付けた。写真で見るのとは比べ物にならなかった。美しくて味のある石造建造物が山の一部のようで、山も万里の長城もひと際きれいに立派に見えた。

そこにいた人たちは皆、達成感と感動と幸せを共有していたように感じられた。面識が全くない人たち同士が、頂上まで登ったという共通点の元で小さなコミュニティを形成していたかのようだった。平和で静かで穏やかな空間だった。開放的な雰囲気がとても居心地良くて私を落ち着かせた。私はそこにいた人たちの出身地について全く考えなかった。そのようなことはどうでもよかった。皆八達嶺の長城を登りきれた。それだけで十分だ。中国がかつて自国を守るため、国境防衛のために築いた建造物の上にいながら、そこにいた人たちとの間には全く国境を感じられなかった。

途端に、国をまたいで人同士がいがみ合うこともある現実が馬鹿らしく思えてきた。どの国であっても一人一人の性格は違う上、非難している人たちが皆、相手国の文化や習性を十分に分かっているとはいえない。それにも関わらず、歴史的なしこりをいつまでも偏見のように押し付けている場合もある。頂上で出会った人たちも、道に迷った時に教えてくれた人たちも、中国に一週間滞在して仲良くなった多くの人たちも、皆私に好意的だった。

そろそろ降りようと一緒に登った男子に声をかけられた。私は名残を惜しむようにもう一度三百六十度見渡して降り始めた。思い返すと一枚も写真を撮っていなかった。あの絶景と頂上での雰囲気は到底写真には収めきれないので後悔はしていないが。

だんだん人が多くなるにつれ賑わいが戻り、時間内に無事集合場所に戻ってくることができた。その時になっても、まだ頂上に着いたときの高揚感と居心地の良さの余韻が強く残っていた。とてつもなく濃厚な五十分、至上の五十分だった。これまでに体験したどのようなレースよりも楽しく新鮮で達成感を得られたランだった。そして何よりも、頂上で様々な文化的背景を持つ人たちとの心地良い一体感を経験できた。

かつて警備兵によって厳重に守られていた万里の長城も、今や他国の人たちとの間に壁を感じさせない建造物になっていた。同様に、現在、緊張関係にある国同士の国境も、後世の若者にとっては誰にでも開かれた場所になっていることを心から願う。

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