同舟共済という言葉

和田由紀子


20202月下旬、私は一人で大阪心斎橋の戎橋に立っていた。マスクをして手には大きな模造紙を持って。まだこの頃観光ビザは停止されておらず、たくさんの外国人観光客が戎橋を行き交っていた。私の目の前を通り過ぎる時にこちらを見て、時には足を止めてじっと見てくれた。何人もの人が写真を撮って、「すごく役に立つことだと思います。」と言ってくれた人もいた。

私は怒りにかられていたのだ。何に。あまりにふがいない自分に。

私がドラッグストアに勤めるようになったきっかけは、西安から来ている中国人の友達と私が後に働くことになったドラッグストアに行った時のことである。私の友達が、中国に一時的に帰るのに妹さんにお土産にフェイスパックを買いたいというので、私が付き添って行ったのだ。店員さんはとても親切にどれが売れているかなどを教えてくれた。その店員さんの和やかな接客のお陰で友達と私は楽しく買い物をすることができたことを私は後に面接で伝えることとなり、私は採用された。

店員として働くことになり、今まで学校で勉強してはいたが先生や友達としか喋ったことのない中国語ではじめてお客さんとコミュニケーションをとることになった。

忘れもしない、あれはレジに来て駅の場所を訪ねてくれた二人組のお客様だっただろうか。私は身振り手振りを交えながら何とか方向を指し示し、「ここから15分くらいかかりますよ。」と言って見送った。その後、しばらくしてまた店内にその二人の姿が見えたので、どうかしたのかと思っていると、そっとレジにばんそうこうの箱を恥ずかしそうに笑って差し出したのだ。何か買わないと悪いと思いわざわざ戻ってきてくれたらしい。中国語で「再」と言って去っていった。私は感動していた。

」って良い言葉だな。私はまた、「你好」という言葉も好きになった。

中国人のお客さんはいつも、何かこちらに聞きたいことや探し物があるときにはいつも「你好!」と話しかけてきてくれた。

またある日中国人の夫婦が買い物に来ていた。奥さんが冬に履けるあったか靴下を手に取って悩んでいたので、私が近寄って行って「これは安くて良い品物ですよ。」と中国語で言うと旦那さんが近づいて私の隣にきて「安くて良い品物!」と私の言葉を繰り返した。私は自分の下手な中国語がからかわれたと思うよりも、コミュニケーションを取ろうとしてくれることが嬉しかった。日本語を話そうとしてくれるお客さんもいた。「ありがとう。」「すみません。」「こんにちは。」私は嬉しくて笑顔になった。私は仕事を通じてたくさんの元気をもらっていたのだ。

そんな中国人のお客様と私の関係だったのだが、コロナウィルスという感染症が猛威を奮いだして連日テレビで武漢の様子が流れるようになってから、心なしかお客さんの元気がなくなっているように見えた。まだ日本で感染者が増えていない頃だったので、日本人を見ているとどこか他人事のような感じで、どこ吹く風というような感じだった。

私はすぐに自分に何ができるかを真剣に考えた。そこで、どのマスクが効果があってどのマスクに効果が無いのか徹底的に調べて、わかりやすくポスターにしてそれを持って街角に立つことにした。

武漢で日常を送る人の写真と短いインタビューを掲載した記事があった。まだ感染者の拡大が治まらないなか、常備薬を各家庭に届ける薬局の店員さんの姿がそこにはあった。

「同舟共済」という言葉をそこで初めて知った。同じ船に乗って川を渡る時、大風が吹いてくると互いに助け合う。一致協力して難関を切り抜けるという意味だ。私は今の自分も同じだと思った。

ある日出勤すると、昨日まではなかった一枚の紙がお店に貼られていた。「同舟共済。従業員一同。」なんという偶然。その日からお客様の顔色も少し明るく戻ったように見えた。

私は言葉を伝えることの大切さをもう一度知ったのだ。

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