越来越好、慢慢来

関谷智

中国に留学に来てすぐ、私の日課は、毎朝、公園まで散歩することだった。その当時、私は留学生寮に住んでいて、近くには小さな公園があり、(豆乳)を売っているお店があった。そこの甘くて暖かいは、留学生たちの間でおいしいと評判だったからだ。

小さな公園では毎朝、数人のおばちゃんたちが、カセットレコーダーから大きな音楽を流しながら太極拳をしていた。日本で柔道を6年間続けてきた私は、中国武術に興味はあったものの、太極拳を見るのはそのときが初めてだった。私とおばちゃんたちは毎朝会った。そして、ある日、ついに声をかけられた。「あなたも参加しない?」その日から、私の朝の日課が、1つ増えた。

太極拳は、見ていると簡単そうだが、実はけっこう難しい。体の重心を常に移動させて、手と足の動きを止めてはいけない。おばちゃんたちの動きを見ながら、私は必死でまねる。ゆっくりとした動作なのに、しばらくすると、汗が全身から吹き出してくる。私はロボットのような動きなのに、おばちゃんたちの動きはなめらかだ。下手な私に、おばちゃんたちは何度も動作を教えてくれる。そして必ず、にっこり笑って、「越来越好、慢慢来」(だんだんとよくなるわ、あせらずゆっくり)と励ましてくれた。言われたとおり、少しずつうまくなるのが感じられるとうれしくて、いつしか私は、太極拳の魅力に夢中になっていった。こうしておよそ1年、私は朝の太極拳に通い続けた。太極拳のレベルも、北京語なまりの中国語のレベルも、中国人の友人たちも驚くほど、上達していった。

太極拳は、中国の長い歴史の中から生まれた武術が、健康のための運動になって発達したものと、のちに知ることになった。確かに、ゆっくりとした動きの中に、全身、特に足の筋肉を鍛えたり、持久力を高めたり、リラクゼーション効果を高めたりすることが知られている。呼吸は特に大切で、自然にゆったりとしている。いまでは、子供も老人も誰もが簡単に取り組める最高の運動だと気が付いた。自分も日本にいるときに感じていた肩こりなどの体の不調が、少しずつ改善していくのを実感した。

中国には、これまでにも人類の発展に貢献してきたものがたくさんある。例えば、漢字、漢方薬、針きゅう、紙の発明など。日本は、隣の中国の文化や技術を、たくさん吸収して発展してきたのも事実である。

私は日本に帰ってからも、新たな師範のもとで太極拳の練習を続け、全国大会にも出場することができた。大学の授業で、大勢の学生に、教えることができるほど上達した。

そして今、私は中国語の勉強を続けている。会社でも中国に関係する部署に希望して配属された。もっと中国のことを知りたいという情熱は、少しも変わっていない。私が大切にしているのは、おばちゃんから教えてもらった、「越来越好、慢慢来」ということばだ。うまくいかないことがあっても、ゆっくりと良くなっているのだと思えれば、気持ちが落ち着く。そして中国で言い伝えられているように、「鉄の棒をこすり続ければ針になると」信じて、少しずつでも、努力を重ねていくことが大切だと思うようになった。

留学生活は、市井の中国の人たちから「中国の知恵」を学ぶ良い機会になった。おばちゃんたちが元気なのも、太極拳や中国に伝わる考え方が、その生活の源にあるからだろうか。これからも心と心で結ばれた「民間外交」が、より良い中国と日本の関係を築いていく懸け橋になるよう、自分なりにできることを見つけていきたい。   

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