私の大好きな国

大江愛佳

私は中国と日本のハーフとして生まれ、物心がついた頃から中国語と日本語の二か国語が話せるような環境で育った。私にとって中国とはとてもゆかりのある国だ。

中国と日本両国の生活習慣や文化の影響を受けながら育ってきたが、中学生の頃自分が中国とのハーフであることを極力周りの人に知られたくなかった。クラスに何人か中国から来た生徒がいたが、彼らがクラスに上手く馴染めていなかったことや自分のコンプレックスとしていた声量の大きさが中国人の母譲りであると思っていたからだ。その他にも日本のニュースや報道を通して中国に対する印象は周りの中で良くなかった。さらに、私は中国ではなく、顔立ちの良い欧米人とのハーフとして生まれたかったと思うこともあった。

しかし高校生の時、自分の考え方がそれまでとは180度変わった。自分が中国とのハーフであることがとても素敵なことだと思うようになった。そう思えるようになったきっかけは、ある友人と高校で出会ったことだ。第二外国語で中国語を選択していた私は、中国語の発音でハーフであることがすぐに周りに知られた。「中国と日本のハーフってどんな感じ?」「家でのご飯ってやっぱり中華料理が多いの?」「二つの言語を同時に処理できる愛佳の頭の中覗いてみたい。」など、中国に関することをやけに質問してくる子がいた。彼女は私のバックグラウンドをいつも好奇心旺盛に、目を輝かせながら聞いてくれた。自分のことに対してこんなに興味を持ってくれる人がいるのだと初めてその時感じた。とても嬉しかった。それと同時に母に申し訳なさを感じた。母は他の日本人の母親と同じように私にたくさん愛情を注いでくれていたのに、中学生だった自分はそれに気づけなかった。「ママは中国人だから他の日本人ママほど優しくない。」「ママは中国人だから他の家よりも厳しい。」など、ことある事に全てを「ママが中国人だから。」で片付けていた。それでも毎年夏休みに母は私を中国に連れて行ってくれた。今思えば、母がしてきたこと全てが今の私に繋がっているので本当に感謝している。そして堂々と自分らしくいて良いという事に気づかせてくれたその友人にも感謝している。

高校2年生だった時のバレンタインデーでは、周りの友人が手作りチョコを持ってくる中、私は友人からのリクエストで母と祖母自家製の餃子を持っていた。学校の廊下中がニラの匂いで包まれ、担任の先生に注意されてしまったというプチハプニングも起こったが、食べてくれた友人全員が「また食べたいので、学校に持ってきて!」と言ってくれた。その時私は、皆が中国の文化を好んでくれているように感じた。それと同時に自分が受け入れられている気がした。そんな素敵な思い出とともに自分が中国とのハーフであることが少しずつ誇りであると感じられるようになった。人との交流を通して、自分は本当に中国という国が好きなのだと気付くことができた。周りの環境のおかげで私は自分のアイデンティティを表に出すことができた。大学生になった今自分の個性が活かされるように、友人の二外の中国語のテスト対策を手伝う他に、中国語を使ったサークルやアルバイトを行なっている。また、中国への留学実現に向けて現在準備している段階である。さらには、中国に関連するイベントに積極的に参加していきたいという思いで今回のパンダ杯もチャレンジすることに決めた。

私と中国は不思議な縁で結ばれていると感じている。だからこそ、このご縁は大切にしていきたい。それと同時に、自分が中国と日本のハーフで良かったと今は心から思っている。様々なバックグラウンドを持った人々が共生できるように私は自分の経験をこれからも悩んでいる誰かに発信し、一人でも多くの人がありのままの自分で過ごせることを願っている。

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